198話 非情な判断
静かに口を開くカラマ。実際に街を見なければわからないが、私の予想もカラマの物と同じであった。王が言っていた言葉、最近怪しい組織の動きが活発になってきているということから、その可能性が高いと私は踏んでいた。
そして、次第に街が近づくにつれて、その事の大きさが次第に明らかになっていく。所々から上がる火。そして、街からは、逃げるように人々があふれ出てきていた。
「ニャ!これ以上近づくのは難しいのニャ!何があるかわからない以上、近づくわけにはいかないのにゃ!」
リーハイの街から少し離れた場所に、テオは飛空船を下ろした。飛空船が地面へと到達した途端、一気に出口に向けて、必死の形相で駆けだしたのはカラマである。その顔には、焦燥と絶望の色が浮かんでいた。
「まって!カラマさん!」
「止めないで下さい!私は行かなければならないのです!」
あわてて、カラマの腕を掴んだ私をふりほどきながら、カラマは語気を荒げた。
「気持ちはわかるけど!まずは、状況を把握しないと!」
「あなた方を巻き込むつもりはありません!行かせてください!」
「カラマさん!」
カラマはそのまま街の方へと向けて駆けだした。死にものぐるいで、リーハイの街へと駆けていくカラマの前では、もう私の静止も全く意味が無かった。
「イーナ。どうする?」
カラマの姿が見えなくなった頃、いつも通り冷静な様子でミズチが私に声をかけてきた。もちろん、私達にはやるべき事がある以上、早くレェーヴへと帰りたいという気持ちはある。だけど、このままシーアンの事を放っておくというのも、気が引けるというのは事実である。
それでも…… この状況は……
「リンドヴルム!ミズチ!2人にお願いがある!状況を……状況を見てきて欲しい!私はここに残る!」
リンドヴルムもミズチも、驚いたような様子で私の方を見つめていた。直後、リンドヴルムが私に向けて言葉を発した。
「おい、イーナ。いいのか!いつものお前なら真っ先に突っ込んでいるのに!」
「リンドヴルム!行くぞ!イーナの考えがあるんだろう」
ミズチの確認に、私はゆっくりと頷く。そして出発しようとしていた2人に向けて、私は静かに伝言を述べた。
「わかった。努力はする……」
そう言ってリーハイの方へと消えていったリンドヴルムとミズチ。その2人を見送った私は、次の一手を考え始めていた。
「イーナちゃんが行かないなんて……珍しいですね」
飛空船に残った私の元へナーシェが近づいてきた。同じく、ルウも不思議そうな様子で私達の会話へと加わってきた。
「ナーシェ、ルウ……あくまで、これは私の考えなんだけど……白の十字架がシーアンを目指していた理由。最初は鳳凰を求めていたかと思っていたけど、私はもしかしたら違うんじゃないかと思ってきた。そもそも、この国出身であるアガレスがいるなら、鳳凰なんてそんな出会おうと思って出会えるものじゃないことくらい知っているはずだよ。それに、あのとき、アガレスがすぐに退いたというのも気になる。ノエルと、もう1人の男はさておき、アガレスは、まるで私達の偵察をしに来たような様子だった……とどめを刺すというわけでもなく、何もせずに帰っていった」
「白の十字架の狙いは別にあったと言う事ですか?」
「そして、前に王様と話していたときに言っていた国家転覆を狙っているという組織の存在。私は最初、白の十字架とは別の組織だと思っていたけど……もし、そいつらが同一もしくは手を組んでいたとしたら……」
「まさか、今回のこの騒動が白の十字架の狙いだって言うんですか!?」
私だって確信はない。だけど、何かが引っかかって仕方が無い。アレクサンドラはあいつらと違って、世界がどうなろうと知ったことではないと言っていた。つまり、裏を返せば、アレクサンドラ以外の白の十字架のメンバーはそう言う野望があると言うことになる。
「もしさ、ナーシェが世界を手中に収めようと思ったら、どうする?」
「一番簡単なのは力を持つこと……だと思います」
「そう、例えば邪魅。そして、他に考えられるとしたら、世界には大国と呼ばれるような国がいくつもある。シーアンもそう、エンディアだってそう、連合とは言えアーストリアもそう。一番早いのは、そう言う国を手中に収めること。でもエンディアは女王を中心にまとまっているし、アーストリアは連邦である以上、そんなに自由には出来ない……」
「一番情勢が不安定なシーアンなら……自らの勢力に置くことも容易……そういうことですか?」
「カラマが言ってた様に、まだ若い王は先の内乱で功績を挙げた。でもそれはアガレスの力が大きかった。アガレスがいれば、シーアンの内情もある程度はわかってくる。そう考えれば、ある程度つじつまが合ってくる。元々鳳凰はあくまでおまけで、本命はこっちにあったとしたら……奴らだって、これから活動していくのに、本格的な拠点が必要となるはずだ。その点シーアンは大陸の東側にあるし、アーストリア連邦ではあまり情報も入ってこない。一度手に入れてしまえば、ある程度好き勝手も出来る」
「だったら……なおのこと!」
「この状況じゃ……シーアンはもう……」
だからこそ、私は2人に偵察を頼んだ。冷静なミズチであれば、その辺りの判断はしっかりしてくれる。この役割にはミズチが適任であると考えたのだ。
「イーナちゃんは!王を!この国を諦めるというのですか!せっかく友好を結んでくれると言っていたのに!」
ナーシェの言葉が心へと刺さってくる。私だってなんとか出来るものなら何とかしたい。ナーシェが珍しく荒げた声が耳に届いたのか、リンがちらっと私達の方へと視線を送ってきた。
一方、ナーシェも自らの言動を反省するかのように、静かに私に向けて口を開いた。
「ごめんなさい。少し言い過ぎました。いつも私は何も出来なくて……イーナちゃん達を頼ってばかりなのに……」
「これだけの国を落とそうと考えていたのなら……容易は周到にしていたに違いない。そうなれば、私達だけで突っ込んでいったところで、無駄死にしてしまう可能性だって高い……だから客観的な判断に長けているミズチに任せた」
皆は何も言わなかった。気まずい沈黙が流れる中、私は、何も言わずにこちらを見つめていたリンに向けて声を上げた。
「リン、ごめん」
すると、リンは笑顔を浮かべながら、私に言葉を返してきた。
「いいんです!イーナさんが謝る必要はありません!これである意味ではこの街を離れる覚悟も出来ましたし!イーナさん!私も一緒に連れて行ってもらえませんか!」
リンの言葉に私はただ頷くことしか出来なかった。そして、少し笑顔を浮かべた後に、再び遠くへと視線を戻したリン。長い沈黙が再び私達を襲う。
そして、しばらくの後に、遠くからリンドヴルムの影が近づいてくるのがわかった。どうやら無事に彼らも頼み事をこなしてくれたらしい。成果は十分である。その光景を見た私は皆に向けて声を上げた。
「ミズチ達が帰ってきたら、すぐにシーアンを離れるよ!まずはエンディアまで戻ろう!テオ準備して!」




