197話 忙しいときに限って
「イーナちゃん!?」
聞き覚えのある声が私の耳へと飛び込んできた。ナーシェは突然に現れた私達の姿を見て、驚きを隠せないような様子だった。
「おい、イーナ!どういうことだ!お前達が急に消えたかと思ったら、今度は気が付いたら飛空船に……ワケが分からないぞ!」
混乱を隠せないリンドヴルムの姿も見えた。どうやら鳳凰の言葉通り、私達は皆無事に戻してもらったようだ。それにしても、にわかには信じがたい話であることは確かだが、現に、私達がこうして飛空船に戻っている以上、彼女の言っていた事は事実なのだろう。
「ええ!?鳳凰にあった!?」
事情を説明しようと、口を開いた私に、皆が驚きの声を上げる。話していることがばかげた内容であることは私自身がよくわかっている。
「邪魅と呼ばれる存在。それが、奴らの狙っているものであるのは間違いない。ナーシェ!前にサクヤの手術をしたときに、一応サンプルとして残しておいたアレってまだあったっけ?」
「ありますけど…… まさかアレが、その邪魅の一部だって言うのですか?」
「もし鳳凰の言っている事が本当だったら、アレが手がかりとなる。すぐに戻って調べてみよう!」
「そうですね!すぐに戻りましょう!」
ある程度方針は決まった。だが、すぐに戻るとは言っても、リンとカラマの問題がある。流石に、このまま彼らも連れてレェーヴへ帰るというわけにも行かない。
「カラマさん、私達にはやらなければならない事が出来ました。何から何まで、突然で大変申し訳ございませんが、あなたをリーハイに送った後に、私達は自分たちの国へと帰ります」
「わかりました。むしろ送って頂けると言うのであれば、是非ともお言葉にお甘えさせて頂きたい」
カラマはただ、私の言葉に同意をした。最初からカラマについてはさほど問題視してはいなかった。一番大きな問題はリンである。
「リンはどうしたい?」
私の問いかけに、リンは戸惑ったような表情を浮かべたまま、言葉を発さなかった。流石に、故郷を離れるか、残ってシーアンで生きていくかという選択をすぐにさせるというのは酷な話であるのは、私もわかっていた。
「ごめんね、すぐに答えを出してとは言わない。リーハイに戻るまでまだ時間はあるから、ゆっくり考えて欲しい」
「……わかりました」
………………………………………
リーハイへと戻る私達。その航路の途中にも、私はナーシェと必死に考えをまとめていた。
邪魅とやらの正体は未だによくわかっていないが、もしあの寄生虫のような奴がその一部だったとしたら、確実にその正体は虫であろう。虫であれば、おそらく薬も効くはずである。
「はあー現代の医療なら、一発で解決しそうな話なんだけどなあ……」
あの鳳凰が気まぐれで私を現代に戻してくれたりとかしないかな……と、少し考えそうになりながらも、そんな他力本願な考え方ではいけないと、私は自分自身に言い聞かせた。まあ、あの鳳凰の少女が口で言っていた事は多かれ少なかれ、本音ではあろうが、それでも、おそらく彼女は進んで自ら世界を変えようと手助けする事は無いだろう。神の価値観なんて、最初からアテにしてはいけない。世界の観測者たる彼女の前にとっては、正直、この世界が滅ぶかどうかなんて些細な話であろう。
結局、彼女の手の平の上で踊らされているという現実に、少し腹も立つが、少なくとも彼女の気まぐれのお陰で、私は一度命を救われている以上、これ以上何かを彼女に望むというわけにも行かない。
そもそも邪魅とやらを作り出したのも、人間のしたことである以上、人間の手で片をつけなければならない話だ。ないものを願ったところで仕方が無い。今あるリソースで、いかに対策できるか、それが重要なのである。
虫と一言でいっても、いろんな種類がある。種類によって効きやすい薬、効きにくい薬というのがある。そうなれば、まず、その邪魅とやらが、どんな種類の虫なのかと言うのを、私達は把握する必要がある。
「虫が相手かあ…… 虫苦手なんだけどなあ……」
「イーナちゃんにも苦手な動物がいるんですね!意外です!」
ナーシェは全然、平気といった様子で、私に声をかけてきた。信じられない。私の苦手な物ランキングの中でも、虫という生き物はトップクラスにランクインする。かさかさと動く黒い奴らを筆頭に、まるで宇宙から侵略してきたのかとすら思えるようなフォルム、そして人間をも凌駕する繁殖力と適応力。ああ、本当に嫌だ。
「でも、虫ってカッコイイと思いませんか!」
「……今ナーシェとはわかり合えないと、心から思った……」
「酷いです!イーナちゃん!生き物には違いないのに!」
そんなやりとりが続き、全く話が進まないうちに、早くもリーハイの街が見えてきたようだ。だが、何か様子がおかしい。遠目からでもわかる異常……燃えてる……?
「イーナ様!リーハイの街からいくつも火が上がっています!」
火?なんで……?
皆が戸惑っているような様子を浮かべている中、ただ1人、カラマの顔だけは他の仲間達とは異なっていた。その顔は青ざめつつも、怒りににも似た様子で、ただ火の上がる街の方向を一心に見続けていた。
「カラマさん!これってもしかして……?」
「……クーデター……」




