196話 命の恩人
途端私の全身に悪寒に似た感覚が走る。次に気になるのは、どうして私なのかと言うことだ。それに、彼女の言うとおり私が死んでいないのだとしたら……彼女の力でわたしは元の世界に戻ることだって出来るのかもしれないと言う事である。
「私は、私達の作り出したいろんな世界を眺めてきた。特に、この世界は結構お気に入りでね!まあ大体人間がろくでもないことをしでかしてくれちゃうんだけどさ!」
無邪気に笑う鳳凰に、私は恐怖に似たような感覚を覚えていた。そんな私の様子を察したのだろうか、ルウが心配そうに、私に声をかけてきた。
「イーナ様…… お体の具合が悪いのですか?」
「ご、ごめん!大丈夫だよ!ルウ!鳳凰さん続けて!」
ルウの言葉通り、私の心臓はいつも以上に脈打っていたし、少し息苦しさすら覚えていた。それでも、私は彼女の話の続きが知りたかった。
「もう大分前だから、詳しくは忘れちゃったんだけどさ!一度、この世界は終わりかけたことがあった。君も話くらいは知ってるよね?」
「人間が一度滅びたという……」
「そう、人間が滅ぼしかけた世界だったけど、結局、人間の力でこの世界は繋がった。ある1人の男のお陰で。その男の名前はアレナ」
「まさか、アレナって……」
鳳凰の言葉に、ルウが驚きを隠せない様子で反応をする。アレナ聖教国の名前の由来となった存在。この世界において、唯一神と呼ばれる存在。鳳凰は何かを思い出すように、言葉を紡いでいく。
「彼には感謝してる。私の好きだったこの世界を守ってくれたから。だから私は、彼に提案をした。いつか必ず再び訪れる困難を乗り越えるために、この場所で一緒に住まないかと」
「だけど、彼は断った…… 彼は……アレナは自分たちの作り出した動物たちと生きていく道を選んだ……」
私は何となく、理解していた。賢者の谷で一度話をしたアレナ。おそらくはアレも鳳凰の力による者だろう。思えば、過去に高度なテクノロジーを持っていたとしても、遙か悠久の時を超えてメンテナンスも無しに現存しているとは到底思えない。どうやら、私の推測は正解だったようで、鳳凰は少し真面目な表情を浮かべながら私の言葉に頷いた。
「うん、君の考えているとおりだよ。アレナは、自らの生み出した動物たちと一緒に生きて、死ぬ道を選んだ。君達の先祖と共に。そして、彼は未来に起こりうる最悪の可能性も考えていた。彼は私に二つの頼み事をしてきたんだ」
「二つ?」
「一つは、いつか来る危機のために、情報を残しておきたいと言うこと。そして、もう一つは…… 私達の子供を守って欲しいということ」
「でも、どうして私を?」
「まあ、それはたまたまだよ!君がアレナによく似ていたと言えばよく似ていたけど。たまたま死にかけていた動物のお医者さんが君だったというだけの話かな!まあ死んじゃったらもったいないと思ってたのは事実だよ!私結構君のこと気に入ってるんだ!」
なるほど、私は目の前にいる少女、鳳凰の気まぐれによって、生きながらえたというようである。まあ、それでも彼女には返しきれない恩があるのは事実である。何せ私の命の恩人であり、彼女がいなければ、私はもう死んでいたと言うことなのだから。
そして、世界の観測者とも言える彼女ならきっと、私が知りたいものの答えもし言っているに違いない。そう確信した私は、彼女に問いかけた。
「鳳凰さん、この世界の過去に…… 一体何があったのか、私達に教えてくれませんか?」
「人間が作ったのは君達だけではない。邪魅と呼ばれる存在。奴は一気に世界を滅ぼしかけた。世界中のあらゆる生命を根絶やしにするほどに、邪魅の力は強力だった。君も良く知っている力。他の生命に寄生し、その生命を吸い取って一気に成長するという力。あんな物到底人間に制御出来るような代物じゃないんだよ」
「まさかサクヤの……」
サクヤの身体の中を蝕んでいたという寄生虫。もしアレが、邪魅の力なんだとしたら…… 彼女の行っている通り、到底制御出来るようなものではないことは私も良くわかる。寄生虫ほど恐ろしい物はないのだから。
「君ならわかるよね。あらゆる生命を吸い尽くした邪魅は、エサがなくなったから、そのまま活動を止めた。普通の生物なら、そこで死んでしまうけど、でもそれでも、やつは死んではいない。あんな物復活させたら、今度こそ世界が滅びてしまう。私の力で移動させるにしても、必ず何処かの世界でほころびが生まれてしまう。だからこそ、奴を打ち倒して欲しい。君にしか出来ないんだ。どうかこの世界を、わたしと彼の愛したこの世界を、守ってくれないかな」
元はと言えば、人間が巻き起こしたいわば災害のようなものである。ならば、その落とし前は人間がつけなければならないだろう。それに、私だって無関係ではない。サクヤが、死にかけたのだって、私がこうして九尾として生きていることだって、全ての因果はそこに起因するのだ。だからこそ、これは私がやらなければならない仕事であるのだ。
「わかった。必ずこの世界を守る。約束するよ」
「君ならそう言ってくれると思ってたよ。やっぱり君はアレナとそっくりだね!呼んだのが君で良かったよ!さあ、皆の所に返してあげる。君の仲間達も一緒だから安心して!おいでイーナ!」
そう言って微笑む鳳凰。私達は、鳳凰に招かれるがままに、脚を踏み出した。




