194話 休むことは大切なんです
「おーい!リンドヴルム!リン!カラマさん!いたら返事をして!」
しんと静まりかえった森の中、私はリンドヴルム達を呼びながら歩みを進めていた。だが、私の声は空しく響き渡るだけで、応答はなかった。気が付けば、辺りには霧が立ちこめている。山の天気がいくら変わりやすいとはいっても、こんな降り立ってすぐ、タイミング良く変わるものだろうか。少しづつ、私は今の状況に違和感を覚えつつあった。そんな中、不安を隠しきれない様子で声を上げたのは、一緒に探索をしていたルウである。
「イーナ様、なんだかおかしくありませんか?」
「ね、私も思ってた。一旦空の上に戻ってみる?大分視界も悪くなってきたし」
「そうですね、先ほどの場所に戻ってみましょうか。あそこならギリギリいけるかも……しれません」
木々が生い茂った深い森の中では、飛び上がることが出来る場所というのも限られてくる。少なくとも、今の場所では、木々によって飛び上がるようなスペースはない。そもそも、着地の時だって、ほとんど無理矢理に突っ込んできたようなものである。
だんだんと周りを包んでいた霧も濃くなってきた。幸いにも、襲いかかってくるようなモンスター達はいないようであるが、それにしてもなんだか気味が悪い。静まりかえった周囲には、モンスターはおろか、鳥や虫と言った森の生き物たちの気配もない。まるで、世界の時が止まってしまったかのような、感覚の中、私達は来た道をひたすらに戻っていた。
進んでも進んでも、同じような風景が続く。空を見上げても、飛べるような隙間はなさそうである。次第に私の心の中で、少しずつ不安が大きくなっていく。それはルウも同じだったようで、私に向けて声を上げた。
「イーナ様、もしかして私達迷いました……?」
「おかしいなあ……来た道を戻っているだけのはずなんだけどなあ……」
「もう、大分来たはずなのですが…… それに、辺りの霧もだんだんと濃くなっていってますし……」
「ルウ、ちょっとだけ、ここで休もうか!襲ってくるモンスターとかもいなさそうだし!」
「でも……大丈夫ですか??」
「こういうときは、焦っても良くないからね!まずは一旦落ち着いて、休むのも大事だよ!」
「休むのも大事…… そうですね。少し冷静じゃなかったかもしれません」
私とルウは、そばにあったちょうど座るのに良さそうな木の根に腰を下ろした。勢いで飛空船を離れてしまったため、水や食べ物はほとんど持ち合わせていなかったのは、反省しなくてはならないが、もう過ぎてしまったことを今更どうこう言っても仕方が無い。まあ、最悪ルウの飛ぶ力があればなんとか出来ると、甘い考えを持っていたのは確かである。
いずれにしても、ルウがいる限り、飛びあがれそうな場所、もしくは霧が晴れてさえくれれば、何とかなる。そんな事を考えていた私の顔をのぞき込むかのように、ルウが話しかけてきた。
「イーナ様、これからどうしましょうか?」
「そうだなあ、空に飛べそうな場所さえあれば、状況もわかるんだけどね……」
「あの木ですよね……イーナ様の炎で焼き払うとかは出来ないのですか?」
ルウの言葉に、私ははっとした。どうやら、冷静でなかったのは、私の方だったらしい。
「そうだよ!最初からそうすれば良かったんだ!ありがとうルウ!」
「いえ!やっぱり冷静になるのは大事ですね!」
嬉しそうな様子で、ルウが口を開く。先ほどまでの不安に包まれたようなルウの表情は一転して、笑顔へと変わっていた。燃え広がって山火事にならないように、ある程度コントロールする必要はあるが、木を焼き払う程度のこと、今の私にとっては、造作も無いことである。
少しでも、木が薄そうな場所を探すために、私を上を見上げた。
――あそこらへんなら、いけるかな!
「炎の術式 灯火!」
頭上を覆っていた木々が炎に包まれ、一気に辺りが明るくなった。少しだけ、霧も晴れてきたようで、次第に崩れ落ちていく木々の隙間から、空が顔を覗かせた。
「イーナ様!これならいけそうです!」
ルウのサイズであれば、問題なく通れそうなほどに十分周りの木々を燃やしてから、私は炎の力を収めた。おそらくは鳳凰のすみかであろう森を、あんまり荒らすというのもばつが悪い。
そしてその時、私はこちらへと近づいてくる気配に気が付いた。すでに、飛び立とうとしていたルウを制止させようと、私は声を上げた。
「まって!ルウ!誰か来る!」
姿こそ見えないが、確実に何かが近づいてきているのだけはわかる。
「誰かって、リンドヴルム様ですか?」
「わからないけど……一応警戒だけはしよう!」
私はゆっくりと持っていた剣へと手を伸ばし、気配の方へと注意を向けた。だんだんと気配が近づいてくるのがわかる。また白の十字架の連中か……?
そして、霧の中近づいてきている者の輪郭がうっすらと私の目に飛び込んできた。どうやら、襲ってくるような様子はなさそうだが……
そんな事を思っている私の心を見透かすかのように、聞き覚えのない声が私の耳へと飛び込んできた。響き渡ったのは、意外にも、幼い可愛らしい声であった。
「ようこそ!私の世界へ!イーナ!」




