191話 空の彼方
「白の十字架。私達も彼らの正体を完全にはわかっていない。でも彼らの目的は知ってる。世界を支配しうる、そんな力を求めている。だからこそ、放っておくわけにはいかない。私達の国を守る為に、私達はここに来た」
「世界を支配しうる力…… それは一体なんなのですか?それにそれならば、どうしてここへ?ここに何か奴らの求めるものがあると言うことなのですか?」
私の言葉に、矢継ぎ早に質問を重ねるカラマ。だが、私達とて全てを知っているというわけではない。
「あくまで、私が今までに得られた情報からの推測になるけど…… 彼らが、シーアンまで来た理由は、鳳凰……」
「鳳凰……? まさか? そんな伝説の…… いるのかどうかもわからないような……」
先ほどまで晴れていたはずの空に、だんだんと薄雲が広がっていく。カラマの戸惑いの気持ちを表しているかのように、周囲が雲に覆われ、暗くなっていった。
「います!!」
私達の会話に、突然に口を挟んできたのは、リンである。リンはそのまま、夢中になったように、カラマが相手にも関わらず、勢いよく言葉を続けていった。
「鳳凰はいます!絶対に!」
前にカラマと話をしたときには、カラマに対して完全に臆しているような様子で、自信なさげに口を開いていたリンが、鳳凰の話になった今自信を持っているかのような口調で言葉を続けていた。
「どうして、そこまで言い切れるのですか? あなたもこの国の人間なら知っているはずです。鳳凰は選ばれし人間の前にしか姿を現さないと。私はおろか、前王や王ですら目にしたことが無いというのに……」
「それでも……! 母はずっと、私に嬉しそうに語ってくれていました!あなたは母のことを嘘つき呼ばわりするのですか?」
そう叫ぶリンの目には涙が浮かんでいた。今まで、たくましく生きてきたと思っていたリンの初めて見るような表情に、私も、そしてカラマも言葉を失ってしまった。考えてみれば、リンはまだまだ幼い少女である。この年で両親を亡くして、それでも生きていく為に、必死に過ごしてきたのだ。自分の気持ちを押し殺して、生きるために、自分を殺して生きてきたのだ。
ぽつりぽつりと、天からの滴が、リンの濡れている顔へとこぼれ落ちる。まるで、リンの感情と天気が繋がっているかのように、雨は次第に勢いを増していく。
「イーナちゃん!カラマさん!それにリンちゃんも!そんなところにいたら濡れますよ!とりあえず、飛空船の中にいきませんか!」
ナーシェの叫び声が周囲へとこだまする。どんどんと勢いを増していく雨。まるでスコールのような勢いの雨にも関わらず、それでもなお、リンはカラマの前から一歩も引く様子もなく、立ち向かうかのように、動かなかった。そして、カラマもそんなリンの様子に物怖じしてしまったのか、動かない。
もちろん、カラマの気持ちも十分に理解できる。大人になれば、そして社会や世界の仕組みを知れば知るほど、夢物語に過ぎないと思うのは当然であろう。それが人間の常というものである。私だって、昔だったら夢物語に過ぎないと思って笑っていた話かもしれない。
だけど、私はこの世界に来てサクヤと出会った。四神と呼ばれるような存在、それに使徒、そして白の十字架。全てが嘘みたいな話であるが、それでも私はその中心でこの場所に立っている。
だからこそ、人間でなくなった今でこそ、私は確信に近いような感情を持って言える。何よりも、そう思っていた方が、つまらない歯車で世界を回すよりも楽しい。私が夢物語の中で生きてきたからこそ、信じてみたい。そう心から思えるのだ。
「そう、鳳凰はいる。そして鳳凰と出会ったというリンのことも私は信じている。だからこそ、私はリンと一緒に行くことにした」
「……イーナさん」
目を赤く濡らしながら、今にも消えそうな声で、一言リンが呟く。リンの言葉に呼応するかのように、次第に先ほどまで勢いを増していた雨が次第に弱くなっていった。
そして、一気に降り注いだ雨は、すぐに止まった。分厚く空を覆っていた雲が、一つまた一つと消えていく。光の筋が、1本、また1本と私達の目に映る。
「イーナちゃん!アレ!」
再びナーシェの叫び声が私達の耳へと届いた。リンとカラマの様子を伺っていた私は、ナーシェの声に、示された方向を見た。晴れた空の隙間からは、温かい日差しが差し込み、そして空には虹が架かっていた。今までに見たことがないような美しい7色の線。
私は思わず目を疑った。言葉を失ったのはカラマも同じである。よく見るとナーシェの指し示した方向、空の彼方には、日光に照らされ、光り輝く姿が見えたのだ。




