189話 思わぬ来訪者
「ごめんねルカ。苦しかったよね。もう大丈夫だよ」
「イーナ様……」
見るからにルカは限界を通り越していた。あと、一秒でも遅れていたら、ルカはもうやられていただろう。ここまで、ルカに無理をさせてしまったこと、そしてルカやナーシェ達を危険にさらしてしまったのは、私の見立てが甘かったのもある。
そして、もう1人、感謝をしなければならない人がいる。まだ、体調も万全では無い中、私を乗せて戻ってきてくれたルウ。私に遅れて、ルウもゆっくりと地面へと降りてきた。
「イーナ様!ルカちゃん!大丈夫ですか?」
「ルウ、ルカのことはお願い!こっちは私がなんとかする!」
正直、私だってノエルとの戦いで大分消耗をしている以上、目の前にいる男を相手取ることが出来るかどうかわからない。それでも、私がやらなければ、この場所に居るみんながあの男に殺されてしまう。
「お前…… お前がイーナか……」
男は静かにそう口を開いた。男の冷たい声に、周りの空気が震えているような、そんな感覚を覚える。伝わって来る恐ろしい威圧感。正直ノエルとは比べものにならないような迫力である。男の目は、まるで獲物を捕らえた獣のように、ギラギラと光っていた。
「なるほどな…… 俺も少し本気を出さねばならないようだな」
ゆっくりと深呼吸するように間を置く男。次の瞬間、男は凄まじい速さで、私の首元めがけ強烈な攻撃を放ってきた。もうウォーミングアップは十分だと言わんばかりに鋭い攻撃が幾重にも襲いかかってくる。こっちはもうへとへとだというのに、そんなことなどお構いなしとばかりに、激しい斬撃が重なる。術式を唱える暇も無い攻撃を何とか捌くのが精一杯であった。
一時は少し回復したかと思ったが、いざ真剣勝負を繰り広げるとなると、なかなかに身体への負担も大きい。息を切らさないように、捌くだけでも一苦労である。
「雷鳴之舞!」
突如として、リンドヴルムの声が響く。同時に凄まじい雷が、私と相対している男めがけて襲いかかる。男は軽やかなステップで私から距離を取るように後ろに下がり、リンドヴルムの攻撃をかわした。
「……援軍か……」
小さく言葉を発した男。だが、援軍はリンドヴルム達だけではなかった。空の方を見つめていた男に、斬りかかったのは、他でも無いカラマだった。
「カラマさん!?」
男は、カラマの不意打ちとも取れる攻撃をいとも簡単に防ぐ。
「アガレス……!貴様!」
どうやらカラマは、アガレスと言う男と面識があるようである。それもなかなか良い関係とは言えないような、カラマの表情からは何か因縁じみたようなものすらも感じられた。
「次から次へと……厄介な連中だ…… 仕方あるまい……」
アガレスは静かにそう告げると、そのまま森の中へと姿を消した。リンドヴルムやミズチ、そしてカラマの姿を見た瞬間、安堵からか一気に疲労が私の身体を襲ってきた。立っているのもやっとと言うくらいに身体が重い。みすみす逃がすというのもしゃくだが、こんな状況では、追うにも追えない。
アガレスが去って行った先の方を見ていた私の元へ、リンドヴルムとミズチが降りてくる。降り立った直後すぐに人の姿に変わったリンドヴルムが、私の元へと駆け寄ってきた。
「大丈夫か!イーナ!奴らの1人は倒したぞ!」
「……こっちも何とか、今の奴は逃がしちゃったけど……」
私の言葉に、ミズチが冷静に言葉を返してくる。
「仕方あるまい。無事でいるだけで十分だ」
「そうだぞ!イーナ、もうぼろぼろじゃないか!」
「……ありがとう、リンドヴルム、ミズチ。帰ってきてくれなかったらやばかったよ」
「イーナちゃん!ミズチさん!リンドヴルムさん!ルカちゃんも無事ですよ!」
ナーシェの叫び声が響く。すっかりルカの事が頭から抜けていた私は、ナーシェの声に、慌ててそちらの方を見ると、笑顔を浮かべているナーシェと、眠っているようなルカの姿が見えた。傍らでは、ルウとリン、そしてテオが一安心といった様子で座り込んでいた。みんなも必死でルカの手当をしてくれていたのだろう。
「何とか全員無事だったようだな」
そうは言っても、皆もう満身創痍といった様子である。アガレスが去ってくれたのは、本当に幸運であった。今の状況でさらに戦いとなれば、こっちだって無事にとはいかないだろう。
そしてもう1人、すっかり放置してしまっていたが、カラマは私達と少し離れた場所で、同じくアガレスが消え去った森の方を見つめたまま動かなかった。助けてくれたのは感謝はしているが、カラマに聞きたいことは沢山ある。何故ここに来たのか。そしてどうしてここがわかったのか。そして、何故アガレスを知っているのか。
私はゆっくりと、カラマの方へと歩みを進めたのだ。




