186話 死線を越えて
ノエルとの激闘の後、やはり身体への負担は大きかったようで、私もしばらくの間は身体が思うように動かなかった。ルウのそばまで近寄り、倒れ込むように、ルウの横へと腰を下ろして、私は何とか息をついた。
「んっ……」
声を上げながらルウがぴくっと動く。ルウの方も無事のようで、一安心である。時期にルウも目を覚ますだろう。
幸運であったのは、ルウの消耗が少なそうな点である。もしルウが負傷などしていたとしたら、ルカ達の元まで戻るだけでも一苦労である。想像するだけでも恐ろしい。
そうは言っても、ノエルとの戦いのダメージは確実に残っていた。もし万が一、もう1人出くわすようなことがあれば、今度こそ命を落とすかもしれない。ルウが目を覚まし次第、何とかキャンプへと帰還したいところではあるが、ルウの様態がまだ確実にわからない以上、無茶をさせるというわけにもいかないと言うのが現状である。
――なかなかやばかったのう。まさに九尾にとって、天敵とも言える力じゃったな
空を見つめながらぼーっとしていると、サクヤが私に話しかけてきた。
「目に見えない敵…… まさかこんなに厄介だったとはね……」
何度もピンチらしいピンチは今までにもあったが、ノエルとの戦いが一番私にとっても厄介なものであった。魔法の打ち合いや力比べなら正直、あまり負ける気もしなかったが、今回の戦いで、九尾の力にも大きな弱点があるという事実を私は理解したのだ。
九尾の力、強力な魔法はもちろんのことだが、その力の神髄は目にこそある。アレナ聖教国で初めて使えるようになった、見るものを焼き尽くす力、 そして桁はずれた洞察力は、パワーの劣る小柄な私の身体にとって生命線とも呼べるような存在である。それが失われてしまった今回のノエルとの戦いは、ある意味では私にとっても収穫の大きな戦いであった。
「目だけに頼ってちゃ駄目だったんだな……」
私は動かなくなったノエルの方へと目を向けながら、そうぽつりと呟いた。
――だが、イーナよ。そうは言っても九尾の力と目の力は切っても切り離せないのじゃ。もちろんそれだけに頼るというのは、リスクも大きいかもしれないが…… それを持って余るほどの力は確かにある
そう、サクヤの言うことは確かである。それは私も十分に理解している。何より私が見知らぬ世界でここまで生き残って来れたのも、この目のお陰である。だけど、まだ非力なノエルが相手だったから何とかなったものの…… もしこれがもっと強力な相手だったらあそこに倒れていたのは私の方だっただろう。
「もっと、九尾の力と…… 向き合って、もっと知る必要がある……」
今や私は、一国のトップに立っている。後ろには沢山のモンスターや人達の思いを背負っている。こんな道半ばで倒れるというわけにはいかないのだ。だからこそ、もっと私の中に眠っている力、サクヤの秘めた力を理解する必要があるのだ。
――イーナ、これ以上はわらわもアドバイスは出来ぬ。わらわとてまだ九尾の力の全てを知っているわけではない。だが、おぬしなら……おぬしと一緒ならもっと先を見れる。そんな気がして……いや、確信を持っておる。
「そうだね、一緒に強くなろう。サクヤ!」
私の一番の相棒。もちろん、ずっと共に戦ってきた龍神の剣も相棒ではあるが、一番の相棒はどんなときも私の中にいる。楽しいときも辛いときも、朝も昼も夜も、死にそうなときも、ずっと一緒にいる。彼女がいる限り、私はどこまででもいけるような、そんな気がしているのだ。
突然に見知らぬ世界に迷い込んで、一番最初に出会ったのがサクヤで本当に良かったと、私は心から思っている。まあ、そんな事恥ずかしくてなかなか直接言えるような話ではないんだけどね……
「んっ……ここは……?」
突然に、隣で眠っていたルウが動きながら小さな声を上げる。ルウの目が覚めたことに安堵に包まれた私は、ルウを興奮させないように、静かに語りかけた。
「大丈夫?ルウ」
「……イーナ様……? そうだ!!あの女!!」
バッと起き上がり辺りを見回すルウ。警戒と不安の表情に包まれたルウに、私は再び静かに語りかける。
「大丈夫、終わったよ」
その言葉にルウも何が起こったのか理解したようだった。ルウはただ赤く染まり、動かなくなったノエルの方を思い詰めたような表情で見つめていた。
「イーナ様……倒したのですね」
振り絞るかのようにか細い声を上げるルウ。まだこういった経験の少ないルウに取っては、目の前に広がっていた光景はショッキングであると言うことは私も十分に理解していた。
「何とかね!ルウの体調が戻ったら、キャンプに戻ろう。思ったより消耗しちゃって……」
「……わかりました。……イーナ様、あの女は…… あのままにしておくのですか?」
「可哀想だと思う?」
その言葉にルウは迷ったように黙りこんでしまった。我ながら意地悪な質問だったと思う。私だって何も思わないと言えば嘘にはなる。彼女は、ノエルは自分勝手な理由で村一つを皆殺しにしたのは事実だ。だけど、私だって、自らの正義のために、今までに沢山の命を奪ってきたのは同じである。
そして、もう一つ、ある意味ではノエルの真っ直ぐとも言える最後に、私は一種の感動にも似た様な感情を覚えていた。決して命乞いをすることなく、自らの信念を最後まで貫き通した。まあ、信念と言っても良いのかどうかはよくわからないけど、それでも、最後まで真っ直ぐであったのは確かである。
「イーナ様は……イーナ様はどうするのが正解だと思うのですか?」
正解なんてきっと無いのだろう。だけど、彼女の美しくありたいと言うその思い。それだけは、せめて最後を見届けた人間として尊重してあげたいと言うのが、私の本音であった。
「このまま……このまま眠らせてあげよう」
血で染まった植物の中、眠ったままのノエル。その傍らで、1本の花が静かに風に揺らいでいた。その姿が、静かに眠るノエルの姿が、私には美しいと思えてしまったのであったのだ。




