184話 Drowning in Blood
「終わり?何を言って……」
先ほどまでの余裕の表情はもうノエルの顔から消えていた。焦燥。絶望にも似た表情。必死の形相を浮かべながらノエルはなおも自らの腕を切り続けていた。傷口から流れ続けるノエルの血は、もはや止まることはない。ノエルの腕をしたって、ぽたっ、ぽたっと、静かに地面へと降り注いでいた。
「これ以上、出血したら死ぬよ」
能力が発動しなくなった以上、これ以上傷つけたところで、ただの自傷行為である。私はノエルからもっと聞き出さなければならない事は沢山残っている。残虐な、到底許されないような行為をしたからと言って、このままノエルの命を失わせるような展開にはしたくなかったというのが、私の本音であった。
「死ぬ?私が?どうして?」
ノエルはもはや頭で理解が出来ないほどに混乱に陥っていた。まさか、私が負けるはずが無い、死ぬはずがない。そんな自負にまみれているのだろう。
だが、ノエルだって、特殊な能力を持った、いわば魔法使いとはいえ、死ぬのだ。生物に平等に訪れるモノからは、決して逃れることが出来ない。
だんだんと、ノエルの能力の効力も薄れてきた。私の目に映っているのは、哀れにも、自らの腕を切り続ける、妖艶とは到底形容しがたいノエルの姿であった。
「……そんなはずがない!私は美しくなければならないの!負けるなんて……負けるなんて……美しくないじゃない……!」
血で染まった自らの腕を振りながら、ノエルが叫ぶ。冷静さを失い、暴れるように身体を動かす度に、傷口から流れ出る血の量が増していく。
「こんな、こんなのって……あり得ない!」
現実を受け入れることを拒絶するかのように叫んだノエルは、私に向けて、剣を持ちながら突っ込んできた。だが、もはや、ノエルの攻撃をかわすことは、私にとって造作も無かった。完全に見切れる以上、もう彼女の攻撃は私に当たることはないのだ。
「!?」
ノエルの攻撃を身体をいなすようにしてかわす。ノエルは勢い余って、そのまま私の後方へと倒れ込んでいった。
「ノエル、もう終わりなんだよ」
もはや、哀れとしか言いようがないノエルの姿。地面に這いつくばるように倒れていたノエルは、すっかり力を失い痙攣している脚で立ち上がった。
ノエルは何とか立ち上がりこそしたものの、失血の影響か、もうすでに腕も脚も力が入らないのか、ふらふらである。自らの剣を地面へと突き立て、身体を支えながら何とか立っているような、そんな状況であった。
力なく、うつむいたまま、ノエルは私に向けて言葉を放ってきた。
「……イーナ? 今の私、醜いでしょ?」
私は、黙ったまま、もはや立っているのがやっとの状態であるノエルの姿をただ見つめていることしかできなかった。
「私は美しくなければいけないの!ねえ、イーナ?」
そう言いながら首元に自らの剣を持っていくノエル。
「まっ……!」
私が反応する間もなく、ノエルはそのまま力を振り絞って自らの首を剣で引き裂いた。真っ赤に染まりながら力なく倒れていくノエルの姿は、私の目にスローモーションのように鮮明に写っていた。
「ノエル!」
すぐに、私は倒れ込んだノエルの元へと駆け寄った。だんだんとノエルの顔が白く変わっていくのがわかる。漏れるような声をだしながら、ノエルの口元が小さく動く。
「……綺麗な血…… 空…… っ……」
そう静かに言い残し、ノエルはそのまま動かなくなった。




