182話 美しい完全勝利
私が分析したノエルの能力の鍵は二つある。一つは粉塵。目に見えないほど細かい粉塵が私達の身体の中へと作用しているのだ。まあこんな短期間で感覚に作用すると言うことは、何らかの化学物質である事は間違いない。
そして、ノエルの持つ剣にはなんらかの解毒作用がある。だからこそ、自らを切り続けるノエルは平然と活動を保てているのだろう。もしそうならば、ノエルの能力を突破するのに、私の能力はうってつけのものである。
「炎渦」
私とノエルを大きな炎が包み込む。ばちっ、ばちっと音を立てながら、細かな火花が巻き起こる。おそらくは何らかの化学反応が起こっているのだろう。
「これでこれ以上、感覚を乱されることはなくなったはず…… 違う?」
ノエルは相変わらず恍惚の表情を浮かべながら私の方に笑顔を向ける。
「おっ!第一関門突破って所かな~!だけどさ、勝ったつもりでいない?」
これでノエルの力を封じることが出来たとしたなら、戦況は私に有利にはなる。だが、ここで私は一つ見落としていた事実に気が付いた。先ほどルウの意識を落としたときに、ノエルは指を小さく動かしていた。もし、ノエルが身にまとう粉塵をある程度は操れるとしたら……。ノエルにとって、炎は天敵だと思い込んでいたが、逆に炎を利用した攻撃が可能になる……
「……ねえイーナ、炎ってさ~すんごく美しいものだと思わない~?」
細かく動くノエルの指に連動して、炸裂音を起こしながら、火花が一気に私の方へと向かってくる。これはこれで、まずい……
「氷の術式、氷蓮花!」
大気中の水分が一気に結晶へと変化し、私の目の前へと降り注ぐ。火花にぶつかった氷はそのまま再び大気中へと姿を消していった。
「何~?その魔法~?美しいじゃない!イーナ!もっともっと!」
そう言いながらどんどんと火花をこちらへ飛ばし続けるノエル。それを魔法を使いながら何とか防ぐ。だが、この熱環境の中では、使える水分の量にも限界がある。私は持っていた水を地面へと投げ捨てるようにばら撒いた。
それでも、不思議なことに、どことなく身体が軽くなった気がする。炎により、少しはノエルの能力の効果が消えたと言う事なのだろうか。思ったよりノエルの能力の効果の持続時間自体は短いようである。これならばまだ戦える。
そして相変わらず恍惚の表情で自らの身体を傷つけはじめたノエル。ノエルの剣が何らかの解毒作用を持っているのだとしたら、もはや自らを傷つける必要は無いはず……にもかかわらず、ノエルは血を流すのをやめようとはしない。
――どういうこと……?
より一層ノエルの攻撃は激しさを増していく。そしてノエルの攻撃の激しさに比例するかのように、自らを傷つける頻度も増えていく。悪趣味にもほどがあるが、そんな事を考えている余裕はない。防ぐのが精一杯というところである。マナを酷使している影響か、だんだんと身体が重くなっていく。
言うなれば、じり貧というやつである。
そしてノエルの能力の影響が遂に私の身体にも回り始めたのか、視界がぐらつき始めた。身体が思うように動かない。
「そろそろ、回り始めたようだね~!どう気持ちいいでしょ~?」
ふわっとした浮遊感が身体を包む。次第にノエルの姿が二重に見え始めた。だがおそらくどちらも実体ではないのだろう。そうなれば、見たものを燃やし尽くすという九尾の力もほとんど無意味である。むしろあの力はマナの消費が大きすぎる。
早く楽になれと言わんばかりの表情を浮かべながら、自らを傷つけるノエル。何故、この状況でも、自分を傷つける必要があるのだろうか。単なる趣味…… それとも……
「もうそろそろ限界でしょ?死ぬ前にヒントを上げるよ~!ヒントは……私の血……かな?」
「血…… そうか…… だから先にルウを眠らせて…… その剣で斬られた私とあんたは無事なように見せかけた…… そういうことね」
その言葉で、全ての合点がいった。ノエルの能力は、全てノエルの血によるものであろう。だから、戦闘中にも関わらず、あれほど自らを切り続け血を流し続けていたのだ。
「流石!イーナ~!私の血は元々固まりやすくてね~!私の能力、それは飛散した血の塊だよ~!」
あの異常な振る舞い、それがそもそもノエルの罠だったのだ。最初から濃度を調整し、ルウを先に眠らせることで、あの剣に解毒作用があると私に思い込ませた。そして、あの炎。アレもおそらくはノエルの誘いだったのだろう。私が炎を使うことはあらかじめアレクサンドラ達から聞いていてもおかしくはない。私の能力に弱いと見せかけ、あえて私に魔法を使わせた。全ては、私に美しく完全勝利をするために。
ノエルは私の方に向けて笑みを浮かべながら語りを続ける。私の考えていることを全て見透かしているかのように。
「やっぱりさ~!勝つときも美しくないと駄目だと思うんだ~!相手の能力を上回ったうえで、相手を殺す。私には敵わないと思わせてこそ、美しい勝利だよね~!」
そう、完全にノエルの手の平の上で私は踊らされていたというわけである。
「……悪趣味だね」
そう言いながら、私は再び液体の入った小瓶をポケットから取りだし、手に持った。その様子を見たノエルは私の方に妖しい笑みを浮かべながら口を開く。
「イーナ、その水をみるに、イーナの氷魔法も限界が近そうだね~そろそろとどめと行こうか~!」
再び剣を構え、近づいてくるノエル。熱環境の中、どんどんと蒸発していく水分。流石に水がなければ、氷魔法も使えない。
ふらふらの中、何とか剣の気配だけを頼りに、ノエルの攻撃を迎え撃つ。
――そこだ!
私の龍神の剣がノエルの足をかすめた。確かにノエルの気配を其処に感じたのだ。
「よくわかったね~!すごいすごい!」
斬られてなお、相変わらず余裕のノエル。だが、それも当然のことだ。斬れば斬るほどに、ノエルの能力は力を増していくのだ。
「隙だらけだよ~イーナ~」
「っ!?」
とっさに魔法で防御をしようと瓶の中身をぶちまけ氷魔法を発動させた。私を覆うように、液体が瞬時に凍り、ノエルの攻撃の前へと立ちはだかる。氷に突き刺さるノエルの剣。キラキラと飛び散る結晶。そして、氷魔法はすぐに熱で液体へと戻り、ノエルの剣を濡らした。
「綺麗~綺麗~!」
そう言いながら、ノエルは私の氷を斬った剣で再び自らの腕を切り刻む。相も変わらぬ恍惚の表情を浮かべながら。




