181話 ノエルの力
背後から聞こえてきた声に、慌てて振り向くレヴィン。ミズチの隙を突いた攻撃を何とか持っていた剣で防いだ。
「どうして?私の力は発動しているはず……何故動ける?」
「お前の力とやらがすごいのは認める。だが、所詮身体が重くなっただけだ。このくらいならエンディアで経験済みだからな」
それでも、いつものミズチに比べれば、全く別人のように太刀筋は鈍い。依然としてレヴィンの方が有利なのは変わりない。ミズチは額に汗を流しながら、目の前にいるレヴィンと相対していた。
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「あはは~どうしたの!全然当たらないよ~!」
私の目の前にいるはずのノエル。だが、攻撃を放っても、ノエルの身体には当たらない。ノエルの剣自体は大したことは無い。そう言い切っても良い。
その間にも、ノエルの剣は少しずつではあるが、私の身体を傷つけていっていた。
「ねえイーナ~今のあなたとっても美しいよ~!そんなに血を流しちゃって……!私血が大好きなんだ!真っ赤で綺麗だよね!」
そう言いながら、自らの腕を浅く切るノエル。よく見るとノエルの腕は自らで傷つけたであろう、傷跡で一杯であった。そして、自ら傷つけた切り傷から滴る赤い血を見て、ノエルは恍惚の表情を浮かべる。
「あは……ねえ、イーナもそう思わない?」
見る人が見れば相当ホラーな光景であろう。私だって、目の前にいるもはや正気を失ってしまったような女に恐怖すら覚えていた。
私の頭の中を乱していたのはそれだけではない。攻撃が確かに当たったと思ったときに、全く別の方向からノエルの剣が飛んでくる。それでも、ノエルが攻撃を繰り出すとき、確かに見えていたノエルの姿自体も攻撃のモーションは見せていた。そして、剣の気配自体は掴めてきたので、何とか対応は出来てきていた。だが、目に見えているノエルの攻撃と、実際に飛んでくる攻撃が異なるという現実に、私の頭の中は混乱しかけていた。
いや、混乱してしまっては相手の思うつぼだ。一度整理して考えろ。
確かにノエルの身体に向けて攻撃をした。だがそれはノエルの身体には当たらなかった。つまり、目に見えているノエルの身体は、おそらく其処にはないのだ。
だが、確かにノエルの気配は感じる。つまりは何らかの手段で感覚を操作されているということだ。
「すっかり黙りこんじゃってどうしたの~私の美しさに見とれちゃった~?」
相変わらず余裕そうに笑みを浮かべるノエル。どうやら、自分の力を過信しているようだ。つけいる隙があるとすればそこしかない。
「あんたの能力、何らかの手段で感覚を操作している……そうでしょ?」
「流石イーナ!ちょっとずつわかってきた?なら、私もそろそろ本気を出さないとね~!」
今度は突っ込んでくるノエル。だが、そのノエルに向かって、ルウが魔法を発動させた。
「氷雨!」
ルウの大量の氷魔法がノエルの方向に飛んでいく。その攻撃をノエルは華麗なステップでかわす。いや、妙だ。かわしてるはずが、時折自ら魔法に突っ込んでいく瞬間もある。だが、それでもノエルの身体には魔法が当たるような様子はなかった。
「流石に2対1となるとちょっとこっちも分が悪いかなあ~、もうちょっとイーナと遊びたいからさ~あんたは眠っててくんない?後で美しく殺してあげるからさ~」
小さく指を動かすノエル。するとルウの身体が途端にふらつきはじめ、立つことがままならないような様子で、そのまま地面へとルウの身体が崩れ落ちた。
「ルウ!」
「イー……ナ……さ……」
そのまま静かに目を閉じていくルウ。まさか……
ノエルの方をにらみつけると、ノエルはあっけらかんとした様子で私に向かって口を開いた。
「大丈夫寝てるだけだよ~!寝てる姿って死んでいるみたいで美しいよね~!そして、これで邪魔者はいなくなったね~!もっと2人で血まみれになろうよ~~!」
よく見れば、ルウの身体は呼吸自体はしている。ノエルの言葉通り、どうやら眠っているだけのようだ。その隙にも、笑いながら再び自らの腕を自らの剣で傷つけるノエル。
「あんた、相当狂ってるね……」
ただ、ノエルの能力を解明するヒントを私はもう得ていた。私の剣に対しては、かわすような仕草をしていなかったにも関わらず、さっきのルウの広範囲の魔法攻撃は、かわすような動作をしていた。おそらくは、目で見えているノエルの姿は幻覚のようなもの。本体は幻覚のすぐ近くのそばにいることは間違いない。だから、かわそうとしたときに、私の目には、自ら魔法攻撃に突っ込んでいくような妙な動きにうつったのだ。
それはいいとしても不思議なのは、私とルウ同時に何らかの感覚障害を引き起こしていると言う事は、ノエルの能力は広範囲に及ぶ効果があると言うことになる。それにも関わらず、ルウの方だけが催眠効果が現れたというのは何故なのか。
体格差?そういえば、村の死んでいた人達は、女の人は綺麗な状態で一突き、大して抵抗してきた男達は無残に殺されていた。確かに、それなら説明はつく。あのとき死んでいた女性は抵抗しなかったのではない。出来なかったのだ。
そうなれば、私達が来る前、その前からこの村はノエルの能力の支配下にあったのだろう。それだけ広範囲に効果を及ぼせると言うことは、ノエルの能力は一種の神経毒のようなものであり、おそらく空気を介してその毒を伝達している。だが、私とルウには体格差はさほど無いのにも関わらず、ルウの方が効果が強い。そして、もし空気を媒介するとなれば、ノエル自身も神経毒の効果を食らっていても何ら不思議ではない。だが、ノエルは平然としている。
目の前のノエルに視線を戻す。相変わらず、気持ちよさそうな表情で自らの腕を傷つけるノエル。私なんかよりもよっぽどノエルの方がダメージを負ってそうな様子である。
まてよ…… 抵抗してきた人達は皆傷だらけだった。そして、ノエルも傷だらけ……ノエルの攻撃を食らった私はまだそんなに毒が回っておらず、全く攻撃を受けていないルウが先に効果を受けたと言う事は、おそらくノエルの剣……アレは一種の解毒作用のようなものがある可能性が高い。
そして、もう一つ。村に上がっていた炎。ノエルがやったものだとてっきり思っていたが、もしあれが村の人達が自ら火をつけたのだとしたら、火をつけることでノエルの神経毒の作用から逃れるためだったとしたら……空気を媒介するとなれば、炎でその効果を落とせたとしても何ら不思議ではない。だからこそ、ノエルに抵抗できた者もこの村にいたというワケである。
「どうしたの~?そんな変な顔しちゃって~?」
ノエルが相変わらずの口調で私に語りかけてくる。だが、そんな余裕でいられるのも今だけである。ここからは私も全力で行く。時間で作用する可能性があるとしたら、あんまりちんたら戦っているというわけにも行かないのだ。
「あんたの能力はわかったよノエル。そろそろ終いにしよう」




