179話 イーナ vs ノエル
「ルウ、サポートは頼むね!」
「わかりました、気をつけて」
先ほどのノエルの一撃を見るからに、攻撃の威力自体はアイルほどではなさそうだ。それに持っている剣も、特に変わったところは無いような普通の剣である。そうは言っても、白の十字架の連中であるならば、なにか妙な力を秘めていてもおかしくはない。
「あんたの力、もうアレクサンドラから聞いてるよ~!どうやったって無駄無駄~!私には通用しないよ~」
余裕そうに呟くノエル。2対1ではあるが、今の状況では手の内がばれている分、こちらの方が不利である。むやみに突っ込むというわけにも行かない。
「なに? あんだけ言ってたのに、びびっちゃってるの~~? 美しくないよ~!イーナ~!」
笑みを浮かべながらこちらに突っ込んでくるノエル。だがその剣筋は、特段特別な力があるようには思えない、いわば普通の剣筋である。その一撃を剣で受け止め、ノエルとの距離を取る。
――思っていたよりも……弱い……?
いや、この村の人々、これだけの人数を1人で葬ってしまうだなんて、絶対に何か裏があるに違いない。油断をしてはいけない。ノエルだって白の十字架の使徒を名乗るような力があることは間違いないのだ。
「どうしたの~~?そんな不思議な顔をして~~?思わず私の美しさに見とれちゃった~?」
そう言いながら剣を構え、再び突っ込んでくるノエル。私の目は完全にノエルの攻撃を見切っていた。ノエルの攻撃をかわし、その隙にカウンターを入れる。
――斬った!
そう、確かに、私はノエルを斬ったはずであった。だが、私の剣はノエルを貫くことはなかったのだ。斬ったはずのノエルは、傷一つ無く、私の方に妖しげな笑顔を向けていた。
「斬ったと思った?残念~」
「イーナ様!」
次の瞬間、私の腕を鋭い痛みが襲った。ぽとっ、ぽとっ、としたたり落ちる血。傷自体はそんなに深くなさそうであるが、それでも一撃をもらってしまった。
なんで……
確かに私はノエルの剣をかわした。そして、ノエルの隙めがけてカウンターを入れた。それは間違いないはずである。だが、私の剣はノエルの身体には届かずに、それどころか、私自身が攻撃を受けてしまっているのだ。
――ノエルの力は一体……?
………………………………………
「それにしても、こんな広い森の中から白の十字架の連中や鳳凰を探せって、イーナもなかなか厳しいな。一体何日かかるんだ?」
森の上空を飛び回り、辺りを探索していたリンドヴルムとミズチ。特段手がかりになりそうな情報も得られないまま、ひたすらにリンドヴルムは空を飛び続けていた。
「おい、リンドヴルムそろそろ疲れただろう。一旦降りて休むぞ」
ずっと自らを乗せ飛び続けてくれていたリンドヴルムに対し、ミズチは冷静にそう口にした。
「良いのか?それにしても、まさかミズチの口から休むと言う言葉が出るとは……嵐でも来るんじゃないのか?」
「まだまだ先は長いんだ。休息も重要だ」
リンドヴルムの言葉など意に介さないように淡々と言葉を返すミズチ。ちょうど降りられそうな木々の隙間を発見したリンドヴルムはすぐにその場所に向けて高度を落とし始めた。どうやら小さな池がある分、木々の隙間があるようで、その池の畔へリンドヴルムとミズチは降り立った。
「ふぅ……」
地面に降り立ち、人の姿に戻ったリンドヴルムは、すぐにふわふわの絨毯のような草むらへと腰を落とす。そんな様子を見た、ミズチはリンドヴルムの横へと腰掛けて口を開いた。
「ありがとうなリンドヴルム」
思わぬミズチの言葉に、驚きの表情を浮かべるリンドヴルムは、ミズチに対して言葉を返した。
「まあ、イーナの頼みだからな。さっきからどうしたんだ、お前らしくないぞ」
「……別に、俺だって好きでお前に厳しくしているわけじゃ無いさ」
ミズチがぼそっと呟く。普段と違って、少し恥じらっているようなミズチに対し、リンドヴルムもなんと言葉を返して良いのかわからず、2人の間に沈黙が流れた。
「……」
「……」
「おい、ミズチ」
沈黙に耐えきれず、リンドヴルムが口を開く。だが、ミズチは何処か違う方向の方に視線を向けていた。
「ミズチ?」
リンドヴルムの目に映っていたミズチは、先ほどまでと違い、緊張に包まれていた。その様子にすぐにリンドヴルムも理解する。何かが近づいてきていると。
「リンドヴルム、確かお前は近距離戦は苦手だったよな?」
「少なくとも、お前やイーナのようには戦えないな」
「わかった、警戒しろ。来るぞ」
2人が見つめていた先、森の中からその気配はどんどんと近づいてきていた。明らかにモンスターの者とは違う力。
「間違いないな」
ミズチの言葉にリンドヴルムも頷く。
静寂の中、草木を踏む音が、だんだんと2人の元へと近づいてきていた。そして、森の奥から、人影が姿を現した。背の高い、白髪の男。目鼻立ちは整っており、服装も白を基調とした、明らかにこの森にすんでいるような人間には見えないような外見である。こんな人も住んでいないような森の奥に用事がありそうな男と言えば、可能性は一つしかあるまい。そして、近づいてきた男は、2人の姿を見るやいなや、ゆっくりと口を開いた。
「空を飛んでいたから鳳凰かと思って来てみたら……どうやら違ったようですね……」




