178話 世界でいちばん美しいのは誰?
「イーナ様……!」
「……酷い……」
村に近づくにつれて、私達の目に飛び込んできたのは、ついさっきまで生きていたであろう人々達。だが、その身体は無残にも斬りつけられ、血まみれになっていた。もはや人の形をもはやしていないような状態の死体の山で村の広場であったであろう場所は埋め尽くされていた。
思わず吐き気を催してしまうような、酷い匂いが村中に漂っている。この村に、一体何が起こったのだろうか。私は、まだ状態が良さそうな、家にもたれかかるように死んでいた人の方へと近づいていった。
まだ、若い女性であろう。状態も綺麗なことから、あまり抵抗もしなかったように思われる。
まずは手を合わせ、心の準備を行い、その身体にゆっくりと触れる。身体はまだ死後硬直も起こっていないようだ。そして、腹部には貫通したような跡があり、周囲には大量の血が流れ出ていた。おそらくは、その外傷によるショック、もしくは失血死であろう。
「す、すいません……イーナ様……ちょっと気分が……」
ルウがかすれるような声を上げる。ルウの方に目を向けると、すっかり顔も青ざめているようで、ふらふらとしていた。
「大丈夫?ルウ?ちょっと離れてても大丈夫だよ」
「いえ、大丈夫です……」
そうは言っても、私とてこんな惨状を目の当たりにしたら気分も悪くなる。いくら一般の人よりも死が身近にあるとは言っても、目の前に悪夢みたいな状況にパニックを起こしそうになってしまう。
村を見渡しても、生きている人がいるような気配は全くない。おそらく抵抗しようとした者達は無残に殺され、そうでないものは、先ほどの女性のように一突きされたのだろう。
少なくとも、食い荒らされたりしたような様子は見えない。腹を空かせたモンスターによってこんな惨状が引き起こされたという事ではないだろう。となれば、原因は一つしか思い当たらないのだ。
「ルウ、周りに警戒するんだ。まだ近くにいるのかもしれない」
「えっ?」
ルウは驚いたような顔でただ一言、そう私に返した。
「さっきの女性の様子から見るに、この惨状が引き起こされたのは、私達が来るほんの少し前だと思う。そして、こんな事を出来るような奴らと言えば…… 私の思いつく限りでは、一つしか可能性は無い」
「それって……」
ルウは呆然と立ち尽くしていた。モンスターの犇めくこの大森林で長いこと生活していたこの村の人達であれば、いくら周囲のモンスターが強大な力を持っていたとしても、簡単にはやられはしないだろう。こんな芸当が出来るような、そして狂っている奴ら…… 白の十字架の奴らは確実に近くにいる。
その時、ルウの背後に突如として、人の気配を感じた。まだルウは気付いていないようであったが、確実に誰かがいる。
「ルウ、危ない!」
ルウに向かって飛んでくる攻撃。反応が遅れそうになったが、紙一重で間に合ったようである。金属音と共に、私の龍神の剣と何者かの剣が交錯する。
「おっと~ まさか今の攻撃を防ぐとはね~」
どことなくアマツに似た様なつかみ所の無い口調の女。くるくるとしたピンク色の髪と、化粧を施した派手な顔。そして、じゃらじゃらと光る宝石を身にまとった派手な服装。ぱっと見はまさか剣なんて振るうような様子には見えないが、先ほどの剣技を見るからにかなりの腕前だろう。返り血を浴びながら、女は私達の方に妖しい笑みを浮かべていた。
「やっぱり…… まあ、アレクサンドラさんじゃないとは思ってたけど……」
「あんたイーナでしょ~。私は白の十字架第4使徒ノエルだよ~。よろしくね~まあすぐにあんたも死ぬことになるから、名前を知っても意味ないけどさ!」
「もうこっちの情報も知ってるってワケね。一応聞いときたいんだけど、なんでこんな真似を?」
私がそう問いかけると、ノエルは目を見開きながら笑みを浮かベながら高らかに声を上げた。
「ねえ、イーナ?私はさ~美しいものが好きなんだよ~。だって世界で一番美しい私はさ!周りも美しくないと駄目なんだよ!そして、人は血を吹き出しながら死んでいくときこそ、一番美しい…… そう思わない~?イーナ~?私は皆を美しくしてあげているんだよ~!もっと感謝してもらわないと!」
「美しい?こんな惨状が?」
「そうだよ!血のにおい。そしてだんだんと力を失っていく様子。もう全てが美しいよね!ね?」
同意を求めるように、私に迫ってくるノエル。だがここでびびっては負けである。
「申し訳ないけど、あんたの価値観はわからないよ」
「やっぱりわからないか~?あんたならもしかしたらわかってくれるかもしれないと期待してたけどね~!残念だよね~。話には聞いてたけど、実際に見たあんたは結構良い線いってると思ったけどねえ~あとそこの嬢ちゃんも!」
話をすればするほど、怒りの感情がわき上がってくる。一体なんなんだこいつは…… 何を考えているんだ?
我慢できなかったのだろうか、ルウがノエルに向かって声を上げた。
「こんな…… こんなののどこが美しいんですか!? あなたは悪魔です!悪魔としか言いようがない!」
どうやらルウの放った言葉がノエルの怒りに触れたようであった。先ほどまでのミステリアスの雰囲気は消え、ノエルの周りの空気が変わった。
「あんた、世界でいちばん美しい私に今なんて言った?」
ルウの言葉を補足するように、私もノエルに対して言葉をぶつける。
「あんたは悪魔だよ。見た目は美しく飾ってるつもりかもしれないけど、あんたから一番腐ったような匂いがするよ」
身体を震わせるノエル。怒りにまみれたその顔はまさに悪魔としか言いようがないような、モンスターよりもよっぽど化け物な表情をしていた。
「……美しく殺してやろうと思ってたけど気が変わった…… 無残に殺してやるよ!あいつらみたいにさあ!」




