176話 受け継がれるもの
私達は、飛空船の中で一晩を過ごした。昨日の大熊への脅しが効いたのか、私達の拠点に近づいてこようとするモンスターは全くいなかったようだ。
朝、目覚めた私は、飛空船を出て外の空気を吸いに行った。流石大自然の中と言うだけあり、空気も非常に澄んでいる。太陽の光が湖の湖面へと反射し、大変美しい風景が目の前に広がっていた。
「起きてたのか、おはようイーナ」
どうやらミズチは、私よりも早く目が覚めていたようである。湖の方をぼうっと眺めていたミズチの表情は何処か、故郷である大蛇の里を懐かしんでるかのような様子にすら私の目には映った。目の前に広がる風景はどことなく死海の風景と似ていたのだ。
「おはようミズチ!早いんだね!」
「ああ、いよいよ今日から本格的な調査をするんだろう?それにどこで白の十字架とか言う連中と出会うかわからんしな。気合いを入れていたんだ 」
本当に白の十字架の奴らが、このローナン大森林に来ているとしたら、ミズチの言うとおり、いつ戦闘になってもおかしくはない。もしそいつらが、アイルやアレクサンドラよりも強かったとしたら……私やミズチでもどうなるかは保証できないだろう。
だけど、だからといってみすみすこのまま放っておくというわけにも行かないのだ。色んな人達の協力があって、いろんな人達が犠牲になって、私達のレェーヴ連合は次第に発展してきた。代表として、私には私達の国を守っていかなければならない理由がある。
「それよりもイーナ、鳳凰とやらと出会うためにここに来たのは良いが、何かアテはあるのか?」
「そうだなあ、これだけ広い森となれば、歩き回るのは得策じゃない。それに、鳳凰と言うからには、おそらく空を飛び回る生き物である事は間違いない。なら、黒竜の2人に協力してもらって手分けして空から探すというのが一番いいとは思うけど……」
私の言葉に、ミズチは真剣な表情を浮かべながら言葉を返してきた。ミズチも理解していたのだ。そのリスクを。
「これだけ広いと、分散して探す必要がある。だが、空から探すと言うことは、奴らに見つかるリスクも高くなる……」
「そう、だからこそ探索には、リンドヴルムとルウの二手に分かれて、私とミズチがそれぞれ行く必要があると思う」
「俺もその考えには賛成だ。だが、万が一この場所が奴らに襲撃されるという可能性はないか?」
それも懸念したことである。先ほどのプランで行くとしたら、ルカとナーシェ、そしてテオとリンにはここに残ってもらう必要がある。誰もいない飛空船が襲撃されると言う事になれば、それこそ死活問題になる。
「無いとは言えないけど……ルカもテオも、南の大陸やエンディアでの修行で大分腕を上げているし、ナーシェだって魔鉱石の力のお陰もあるけど、魔法を使いこなせるようにはなってきている。少なくとも、探しに行くよりかはここの方が安全だとは思う……」
そう、おそらく昨日の大熊程度の敵であれば、今のルカなら簡単に退治することも出来るだろう。なんと言ってもルカは、妖狐の一族である。彼女が私達に追いつきたいと日々努力をしているのは、ずっとそばにいる私が一番よく知っている。それに、テオやナーシェだって以前に比べれば、ずっと戦えるようになっているのだ。
「来るかどうかもわからない敵のことを心配していても仕方が無いか……」
「そうだよ、それにどう考えても、ここに残るよりも、私やミズチの方が、奴らと出くわすリスクは高いからね!だからこそ、ミズチじゃないと頼めない話なんだ」
「どんな敵だろうと、目の前に立ちはだかる奴は斬るだけだ。問題ない」
冷静に、ただ一言そう呟くミズチ。なんと頼もしいことである。
私達が飛空船に戻ると、皆ももうすっかり起きていた。皆が揃ったところで、私の考えていたプランを説明する。
「……というわけで、3個の班に分けようと思う。まず私とルウで探索に行く。そして、ミズチとリンドヴルムも、私達と別の方向の探索をお願いしたい。ただ、調査中に飛空船が襲撃されることも十分考えられる。残りの皆には、ここに残ってもらって、飛空船を守ってもらいたいんだ!」
「イーナちゃん…… でも、もしここに敵が来たとして…… イーナちゃんもミズチさんも無しで、私達だけで守り切れるでしょうか?」
ナーシェが不安そうな表情を浮かべながらそう言った。よく見るとルカもテオも少し不安そうな様子である。でも、先ほども行ったように、彼が十分強くなっている事は知っている。だからこそ、自信を持って、私は皆に伝えたのだ。
「大丈夫!ルカは十分妖狐の力を使いこなせるようになってきている。それに、テオだって魔法の威力が上がってきているし、ナーシェもアレクサンドラさんから魔鉱石の使い方を教えてもらったでしょう?」
「そうですけど……」
「ルカおいで!」
ルカは不思議そうな顔で、私の元へと近づいてきた。そして、目の前へと来たルカに、私は持っていた2本の剣のうち1本を差し出した。
「ラスラディアさんからもらった龍神の剣、もし、何かあったときには、これを使って皆を守ってね!ルカなら使いこなせるよ!」
「良いの、イーナ様?でもイーナ様の剣が少なくなっちゃうんじゃ……」
「私は大丈夫だよ!ルウもいるしね!それよりもルカ、皆をそして飛空船を守るにはルカの力が必要なんだ!任せてもいいかな?」
差し出された1本の龍神の剣にルカが手を伸ばす。そして、今までに見たことないような真剣な表情を浮かべながら、ルカは剣の柄の部分を握った。ルカは大事そうに、龍神の剣を抱え込むと、私に向けて、満面の笑みを浮かべながら、頷いたのだ。
「イーナ様!大丈夫!ここはルカに任せてよ!」




