175話 ここをキャンプ地とする!
「ついたのニャ!ローナン大森林なのニャ!」
どこまでも緑が広がっているローナン大森林。少し開けた湖のそばに飛空船を下ろし、私達は外へと出た。
「調査をするにしても、まずは拠点が必要になると思うんだ。とりあえずは水も手に入るし、ここを拠点にしようと思う」
しばらくはこの場所を中心に、周りの状況を調査するのがよいだろう。だが、拠点にするためにはある程度は安全である必要がある。まかり間違ってモンスターの巣の真ん中を拠点にしようものなら、大変な事になる。そのために、まずは近辺の調査へと出ることにした。
ひとまずは、リンドヴルムとナーシェ、テオを飛空船に残し、それ以外のメンバーで森へと入る。湖の近くはのどかな雰囲気であったが、少し森へ入ると、一気に薄暗くなり、周囲からモンスターの気配がどんどんと漂ってくる。
それでも、強さは大したことの無いモンスター達であろう。このくらいであれば問題ない。調査のために私達はさらに森の奥へと進んでいった。
「大分、奥まで来ましたね。特に強そうなモンスターはいなさそうですが……」
ルウの言葉に私も頷く。この場所なら、拠点とするのにも問題はなさそうである。ここまで来れば、調査ももう十分であろう。
「イ、イーナさん……なんか変な声が……」
リンが怯えた様子で、私の袖に必死にしがみついてきた。確かにリンの言うとおり、こちらを伺うような、威嚇するような声が森の奥から聞こえてきている。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ!」
「で、でも……もし襲われたら……」
「大丈夫だよ!リン!イーナ様めっちゃ強いもん!」
リンは、ルカの言葉を信じていないような様子で、私の方へと視線を送る。まあ、普通に考えれば、歳もそんなに変わらない私のことをとても強いだなんて信じられないだろう。
音の主はどんどんと近づいてきている。どうやら本気で襲ってくるような様子である。皆もすでに理解しているようで、私に向けてミズチが冷静なまま小さく口を開いた。
「イーナ、来るみたいだぞ」
「えっ!?来るって!?」
「リン、ちょっと下がってて、せっかくだから、私がやるよ」
「私がやるって!?イーナさん大丈夫なんですか!?みんなも!?」
ミズチの方を見つめるリン。だが、ミズチは襲撃に備えるような素振りすら見せずにただ棒立ちのまま、私を眺めているだけである。
「大丈夫だって!リン見ててよ!」
持っていた龍神の剣へと手をかけ、声の主の襲来を待つ。せっかくだから、リンにいい所の一つでも見せてやろう。そう思っていたのは事実である。
そして、まもなく音の主は、茂みを切り裂くかのようなスピードで、私達の前へと姿を現した。鋭い爪が、私めがけて一直線に襲いかかってくる。
「ひぃ!!!!やっぱり!イーナさん!」
取り乱すように悲鳴を上げるリン。だがもう私とて準備は整っている。私に襲いかかろうとするモンスターの正体は巨大な熊のような姿をしていた。なるほど確かに、速さは凄まじい。それに威力も、常人であれば一撃で仕留められていても不思議ではないだろう。だけど、私にはこの目の力がある。
モンスターの攻撃は十分に対応できる速さであった。爪攻撃を後ろにひらりとかわし、私はモンスターと相対する。ぐるるという低いうめき声、そして、圧倒的な体格。おそらくここらの生態系の頂点に君臨するような奴であろう。
「イーナさん!!やばいです!」
モンスターの姿を見たリンが、震えながら叫び声を上げる。どうやら、リンには、そのモンスターに覚えがあるようである。
「リン、あいつ知っているの?」
「ローナン地方で、獰猛なモンスターの一匹として知られる大熊です!滅多に人里に降りてくることはないのですが…… ひとたび人間の所に降りてきたなら、一匹で村を壊滅させてしまうような、化け物です!」
なるほど、確かにリンの言うこともあながち間違ってはいなさそうだ。こんなモンスター、一般人では到底対処するのは困難であろう。でも、ここは人里ではない。彼らのすみかを邪魔しているのは私達の方である。
こちらを威嚇するように、低い地鳴りのような声を上げながら相対する大熊。どうやら、意思疎通は…… なかなかに、難しそうである。
ならば仕方無い…… 少し気が引けるが、ここは、圧倒的な力の差を見せつける必要がある。
――止めときな
本気で仕留めるつもりで、腕に力を込め大熊の方に向け差し出す。差し出された手に、モンスターは動きをピタッと止める。
「大熊の威嚇が止まった……?」
まだ状況を全く出来ていないリン。だけど、今はリンにかまっている余裕はない。私はそのまま大熊の方に全神経を集中させる。
――良い子だから、このまま帰りなさい
まるで時が止まったかのように、私とモンスターはお互いを見合っていた。グルルと声を上げながら、こちらの様子をうかがうモンスター。そして、モンスターの攻撃は再び私を襲う事は無かった。
のしっのしっと重い身体を揺らしながら、大熊は森の奥へと消えていった。どうやら、こちらの意図は十分大熊に伝わったらしい。その様子を見ていたリンは、思わず驚きの声を上げた。
「大熊が…… 森に戻っていった……? イーナさん、一体何を?」
「何もしていないよ!」
口ではそう言ったが、何もしていないわけではない。確かに大熊に本気の殺意を込め、私は手を差し出した。大熊はそれを察知してくれたのか、大人しく引き下がってくれた。これでもう十分であろう。おそらく、もう周囲のモンスター達も私達を襲ってくることはない。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか!リンドヴルム達も待ってるしね!」
森の調査も十分である。しばらくはここを拠点にして、周囲の調査を行う。鳳凰のすみかであろう、ローナン大森林の調査を。




