173話 怪しい男と傷ついた街
シーアン南部に広がるローナン地方。話で聞いていたとおり、戦乱の影響によって、傷ついた街並み、そして傷ついた道路、まだまだ復興しているとは到底言いがたい状況であるのが、目に見えて明らかであった。
「私達が離れたときは、もっと酷い有様でしたから……これでも大分ましになったのだとは思います……」
リンがローナンを離れてから数年、ましになったとはいっても、家を持たない人であろうか、路上には沢山の人が転がっており、この場に似つかない私達に視線を送ってくる。
「まあ、歓迎されていないことだけはわかるよ……」
「気にするな。どうせ何もしてこないさ。何も出来ないと言った方が正しいのかもしれないがな」
ミズチがぼそっと呟く。それはそうかもしれないけど、ずっと突き刺さってくる視線を無視し続けるというのもなかなかに大変なものである。
「これでも昔は、もっとのどかで、活気があった場所なんですよ」
すっかり寂れてしまったローナン地方。まだ働ける若い人は仕事を求め、もしくは希望を求めてリーハイなどの都会へと出て行ってしまったのだろう。そこかしこに転がっている人達の目はすっかり死んだような感じである。
「おいおい、こんな所に何のようだ?お前達この街の人間じゃないだろう」
ぼさぼさの髪に、古びた服を着た男が、私達に向かって突然に話しかけてくる。少し驚いてしまったが、特段襲ってくると言うような素振りも無い。リンはすっかり怯えているような様子ではあったが、かまわずに、私は男へと言葉を返した。
「ちょっと野暮用でね……あんまり歓迎されてないみたいだけど……」
「そりゃそうだろう、そんな身なりでこの街をうろついてりゃ嫌でも目立つさ。それになかなかにいい女と来れば、皆も注目するだろうさ。そもそも若いもんも少ないしな」
「それはどうも。お兄さんこそ、こんな怪しい人達に話しかけて大丈夫なの?」
「ははっ!なかなか気が強そうじゃないか。それもまたいい。これは俺の退屈しのぎさ。ま、みりゃわかるだろうが、そこらに転がっている連中は生きることを諦めた人間達だ。利益もなけりゃ害もないさ」
「そうみたいだね……」
「それにしても珍しい事もあるもんだ。この街に外から人間が来る事なんてただでさえ珍しいのに、先日に引き続き、しかも今度は若い嬢ちゃんとは……」
男の言葉に、私達全員が反応する。
「ねえ、その外から来た人ってどんな奴らだった?」
男は、私の反応に怪しく笑みを浮かべながら、言葉を返してきた。
「嬢ちゃん、情報には価値があるってもんだぜ」
そう言いながらすっと手をさしのべてくる男。最初からそういうつもりだったのかと思うと合点もいく。だけど、私達にとっても悪い話ではない。そっと懐から取り出した金貨を男の手の平の上に載せた。
「わかってるじゃないか。数日前のことだ。数人の奇妙な連中が街をうろついているという噂が回っていた。こんな街だ。妙な奴らがいればすぐに噂も回る。俺も直接は見てはいないが、そう、ちょうどお前達の様に、この国の人間ではないのが明らかであったとのことだ」
私達の予想がだんだんと確信へと近づいていく。
「その中におばあちゃんはいた?そいつらどこへ行くとかそう言う話は聞いてない?」
「やたらとがっつくねえ嬢ちゃん。おじさん若い女の子からこんなアプローチを受けることなんてないから緊張しちゃうぜ。どうだい、こんな所で立ち話も何だろう。ちょっと一杯でも?」
男は本当に強かである。だけど、このくらいの方が私にとってもやりやすい。こういう街においては、金が絡んだ方が信頼が置けるのだ。それはアレナ聖教国をはじめとして、各地を回った私の経験から理解したことでもある。
「わかったよ、私が持つ。行こうか」
「本当に話が早くて助かるぜ。良い店を知ってる」
男について、街を歩いて行く。次第に周りの風景は狭い路地裏へ変わっていく。人気も大分なくなった路地、古びた建物の間を、男はどんどんと進んでいった。リンは不安を隠し切れない様子で、私の耳元で小さな声で問いかけてきた。
「イーナさん……大丈夫なんでしょうか?」
「まあ、大丈夫じゃない?いざとなれば、ミズチもリンドヴルムもいるし……」
「それは、そうですけど……」
「ついたぜ!」
男が立ち止まったのは、壁に囲まれた行き止まり。よく見ると壁には扉が一つあった。男がこんこんとドアを叩くと、中から人の声が聞こえてきた。
「誰だい?今日は休みだよ」
「そんな辛気くさい事言うなよ。俺だ、ロックだ。客を連れてきた」
少しの沈黙の後に、閉まっていたドアが開く。中から顔を覗かせたのは、少し小太りの老婆であった。
「入りな」




