168話 働かざる者食うべからず
「お姉さん、本当にありがとうございました!私、リンって言います。今日は本当になんとお礼を言ったら良いか……絶対、いつかお返しはさせて下さい!」
食事を一通り食べ終わった後、リンと名乗る少女は先ほどまでとは全く違う、年相応の無邪気な笑顔で、私達にお礼を言ってきた。
「お礼なんかいらないよ!私、イーナって言うんだ!よろしくねリン!もう絶対にしちゃ駄目だよ!」
「はい…… こうして、私が無事にいられるのもイーナさんのお陰です。なんと言ったら良いか……」
「そんな大げさな。大丈夫だって気にしないでよ!」
「……」
リンは黙りこんでしまった。一体、何をそんなに思い詰めているのだろうか。そう思っていると、私達の方へと近づいてくる気配に気が付いた。
「イーナ様、その続きのお話は私の方からさせて頂きましょう」
声の主はカラマであった。王の命で、私達を影から見張っていたのだろうか。いくら警備といえども、ずっと見られているとなると、なかなかに息苦しくもあるが……
カラマの姿を見たリンは絶望するかのような表情を浮かべながら、動かなかった。よく見るとリンの足はガクガクと小刻みに震えていた。おそらくは動かなかったと言うよりも動けなかったのだろう。リンの様子も気になったが、私はまずはカラマへと問いかけた。
「カラマさん、続きって?」
「この国の法律では、罪を犯した者は、全て軍の厳正な管理の下厳しい処分が下されます。例え少女であっても、それは関係ない」
カラマは淡々とそう語ると、すっかり怯えてしまったリンの方へと目を向けた。リンは必死で何かを言おうとするが、恐怖からか、声が出ないようだ。ただ震えていることしか出来なかったのだ。
「おい、そこの女」
カラマがリンに向けて口を開く。ビクッと身体をすくませるリン。カラマは、そんなリンの様子など意にも介さない様子で、淡々と話を続けた。
「何度も言うが、法は全ての国民に平等に適応される。例え、少女であってもな。これに懲りたらもう二度としないことだ。次は無いぞ」
そのままカラマは何も言わず、私達の元を立ち去っていった。どうやら、リンのことも見逃してくれたらしい。リンも一気に安堵したような表情へと変わる。それほどに、軍というのは国民にとっては恐ろしい者なのだろうか。
「大丈夫だよリン。カラマさんは別に悪い人じゃないし……」
「イーナさん、あの男と知り合いなんですか……?」
「知り合いって言うか……まあ、私達の護衛をしてくれてるというか」
「イーナさん、あなたは一体……」
リンは、戸惑ったような表情を浮かべたまま動かなかった。気まずい沈黙が流れる。まあ、今日は色々あったし、リンをこれ以上混乱させるのも良くないだろう。
「今日はもう帰ろうか!あんまり遅くなると親も心配させちゃうし!」
「親…… そうですね……」
親という単語を出した途端にリンの顔が曇る。もしかしたら、何かまずいことを言ってしまったのかも知れない。そう思った私は、リンにすぐに謝った。
「ごめん、なんかまずい事言っちゃったかな?」
「いえ……私にはもう親がいなくなっちゃったから……」
「……ごめんね」
なかなかに重い話である。私はなんと言って良いかわからず、黙りこんでしまっていたが、リンは笑顔を浮かべながら、沈黙を破るように口を開いた。
「元々、うちは母親と2人で暮らしていたんです。でも母はずっと体調が悪くて……ほんの一ヶ月くらい前に…… 私、何とかして稼ごうと思ったけど、それも難しくて……」
「そっか……それで」
見た目からすると、性格や言動など、リンは大分大人びている。それだけ、リンも大変苦労してきたのだろう。そしてここまで他者の事情に首を突っ込んでしまった以上、このまま放っておくというのも、なんだか気持ちの悪い話である。
「ねえねえ……」
リンに聞こえないように、他の仲間達に私はある提案をした。
「イーナ本気か?」
「ルカはいいと思うよ!」
「まあ、最悪何かあっても、対処は出来そうだしな」
「ミズチさん、物騒なことを……私もいいと思いますよ!」
「じゃあ決まったね!ありがとう皆!」
そのまま、きょとんとした表情を浮かべ、私達の話が終わるのを待っていたリンに向けて、私は口を開いた。
「あのさ、私達シーアンのことあんまり詳しく無いからさ、こっちで案内してくれる人を探していたんだ!良かったら私達のところで仕事してくれる気はない?」




