161話 エンディア国の象徴
「馬鹿な……あんなもの人間が作れるわけがない……」
麒麟は認めることが出来なかった。自らが封印されている間に、人間が自らの力をも制御しうる技術を手に入れていたことを。
「どちらにしても雷は落ちてこない…… 雷がない以上、お前に勝ち目はない」
「まだ……負けておらぬわあああ!」
もはや玉砕と言ってもいい。それでも麒麟は私に立ち向かってきた。だが、雷の力を得られない麒麟の力は、私にとって脅威とはなりえない。
「何度も言うけど、もう勝負は決まったんだよ」
今の麒麟相手なら簡単に魔法も当たる。そのたびに、ぼろぼろになりながらも立ち上がる麒麟。一体どうしてそこまで立ち上がるというのか。一体何が麒麟を突き動かしているというのか。
「私達の目的は、お前を痛ぶる事じゃないし、ましてや倒すことではない。エンディアを襲うなと言っているだけだよ」
「うるさい!どうせそんな事を言いながらも、またわしを災厄扱いして、殺しに来るに決まっている……!」
災厄……? 私の聞いていた話とは違う。麒麟は神の使い。まさに使徒として、エンディアで崇められているはず……
困惑している私に変わり、口を開いたのはイナンナであった。
「遙か昔…… まだエンディア国が出来る前の話です。この地方では、嵐や雷による災害が多発していました。それを鎮めたとされるのが、私の祖先である初代エンディア王……そう麒麟を封印したことで英雄となったのです」
「そう、あの忌まわしき男……あいつも同じようなことを言っていた。いつか人間もお前達も一緒に暮らせる世を作りたいと。わしも一度は奴を信じたんだ。だが奴はわしを裏切った。そのまま、時折奴に似た顔のものが来ては、わしを起こしたり封印したり……全ては奴の戯言に乗ったせいでこんな……」
「麒麟、あなたには謝っても謝りきれません。それでもこれだけは伝えさせて頂きたい。初代エンディア王は、あなたを裏切ったわけではない。あなたを守る為に、そうするしかなかったのです。自らの命を犠牲にしてでも……」
「なにをばかな……」
「エンディア国が出来た後、国内には、モンスターに対して良く思わない勢力が力を伸ばし始めました。今ほどの技術も無い当時の人間にとって、モンスターの力は脅威だった。だからこそ、彼らは叫び続けました。麒麟を殺せと……」
何処かで聞いたような話である。人間の歴史というのは繰り返しの歴史であることを今まさに私は実感していた。そして、麒麟も何も言わずイナンナの話へと耳を傾けているようだ。
「エンディア王は、最後まで反対し続けた。ですが、彼1人の力では民衆相手にはどうしようもなかった。だからこそ彼は自らの命を捨てて、麒麟、あなたと自分を信仰の対象へと切り替えたのです」
今でこそ、麒麟は神の使いとして、エンディアの人々にとって、神同然の扱いを受けている。だが、それもすべてはエンディア王のお陰であったのだ。自らの命を捨ててまで、麒麟の立場を確保したのだ。
麒麟はうつむいたまま、何も言わずに立ちすくんでいることしか出来ないようだった。さらにイナンナは続ける。
「初代エンディア王は、結果としてあなたをエンディア国民にとって神様のような存在へと変えたのです。過去の秘密を知るものは、私達王族と一部の人間しかいません。もちろんすぐには信じられないでしょう。ですが、麒麟、どうか再び私達と手を取り合っていきていく。その選択を選んでは頂けないでしょうか?現エンディア女王として、あなたに危害を与えないと言うこと必ずや誓います」
イナンナは麒麟の目を真っ直ぐに見つめていた。そしてゆっくりと麒麟が口を開く。
「そうか、エルは、わしを裏切ったわけではなかったのだな……」
遠い過去の話である。雷を呼ぶ麒麟は、人々にとって災厄として恐れられていた。麒麟もわざわざ人と関わることはせずに、山奥でひっそりと暮らしていたのだ。だが、あるときに、1人の男が麒麟の元にやってきた。名をエルというその男は、妙なことを口にした。
『一緒にモンスターと人間が共生していける国を作ろう』
孤独であった麒麟にとって、エルは初めての友人となった。だが、エルは特別だったのだ。力を持っている人間にとっては脅威とならないことも、持たざる人間に取っては大いなる脅威となりうる。
次第にエルと麒麟の関係を良く思わない連中が増えてきたのだ。だが、エルは人々にとって英雄のような存在。簡単にはその立場というのは揺るがない。しかし、連中はエルと麒麟の関係を利用して、エルの立場を失脚させようと動き出していた。
そんな状況に一番頭を抱えていたのはエルであった。すでにエンディア国王となっていたエルには立場がある。そして、エルは何よりも平和を望んでいたのだ。
運命の日。エルは自らの命を犠牲にして、麒麟を封印した。自らの腹心達に、その戦いを見せつけるように。そして、その姿は、エンディアの民に長らく語り継がれてきたのである。
『いつか、必ずや、お前が私の国の皆に受け入れられる世になる。その時は私の子孫達の事、頼むぞ……』
麒麟を封印した後、エルが最後に残した言葉。それはエンディア王家のみに代々引き継がれた言葉。
遙か昔の記憶を、麒麟は必死で遡っていた。エルとの思い出は、麒麟にとってそれほど貴重なものだった。だからこそ、封印されたとき、彼は再び孤独になってしまったと、そう思い込んでいた。麒麟の感情は裏切ったと思っていたエルに向けられていたものであったのだ。
今目の前に、エルと同じ目をした女が、エルと同じようなことを言っている。今度こそ、今度こそ信じてみたい。
「麒麟、もう一度聞きます。どうか、私達と一緒に生きていく未来を選んでは頂けませんか?」
もうすでに麒麟の心は決まっていたのだ。目の前にいるイナンナに、かつての友のエルの姿が重なる。
――そうか、おぬしは、わしをずっと友だと思っていてくれたのだな……
兵士達のキャンプの屋根の上では、エンディアの国旗が優しくたなびいていた。そこに描かれていたのは、一筋の雷と共に、雄大に空を翔ける麒麟の姿であったのだ。




