160話 Overcome Nature
「もう、終わりか……!」
徐々に押されつつある私の姿をみて、麒麟は得意げにそう口にした。端から見れば、戦況は麒麟が圧倒しているのだ。だけど、私とてだまって受けに回っているわけではない。来たるべきチャンスの時……その時のために余力を残しておく必要がある。
「こっちにもいるぞ!」
ミズチとリンドヴルムも、上手く麒麟の気をひいては、攻撃を誘ってくれている。彼らに攻撃が向いた隙に、私も少し身体を休ませる。やはりセーブしているとは言え、ずっと力を使い続けているというのは、なかなかに身体への負担も大きいのだ。
だが、ミスラと共に行った修行。あの修行のお陰で、まだ身体への負担も、以前に比べると大分マシである。あの過酷な環境で鍛えたからこそ、何とか戦えているのだ。
ほんの少しの隙を見つけては、麒麟に反撃を加える。だが、麒麟へダメージが入っている様子は見えない。どうやら、雷を利用して、身体の周囲にバリアのようなものを張っているようである。これならば、リンドヴルムの攻撃が全く効かなかったというのも頷ける。
「イーナさん!もう大丈夫です!」
イナンナが言っていた15分、たった15分ではあったが、私にとっては何よりも長く感じていた。麒麟の攻撃を受け流すためには、高い集中力が必要であった。そのためにはどうしても九尾の力に頼らざるを得ない。
だが、ここからは、私達の番である。遂に反撃の時が来たのだ。
「とは、言っても…… あの雷を何とかしないと……」
あの反則じみた雷。アレをなんとかせねばならない。そこで作戦の開始である。
「ほう…… 一体何を見せてくれるというのだ……」
どんな作戦を考えても無駄だ。と、言わんばかりに麒麟は余裕そうな様子で、言葉を返す。
「よし!いくよみんな!」
私達は麒麟に背を向けて、走り出した。森の中なら落雷は届くまい……あの祭壇の開けた場所では圧倒的に不利である。だからこそイナンナには結界の範囲を広げてもらっていたのだ。
「ふん、何かと思えば背を向けて逃げるとは…… どうせ森に入れば、追って来れないとでも思ったのだろうが……無駄だ」
私達を追って麒麟がついてくる。まるで草食獣を追いかける肉食獣のように、狩りを楽しむ捕食者のように、麒麟は執拗についてきたのだ。
そしてついてきたのは麒麟だけではない。あの激しく降り注いでいた雷も同時についてきたのだ。おそらく麒麟のいるところに雷が集まっているのだろう。
「無駄だ!祭壇を離れれば、雷も弱くなる……そう思ったのだろうが……」
だが、それでも、時折来る麒麟の攻撃を受け流しながら、私達は駆け抜けていく。止まってはならないのだ。この鬼ごっこに終止符をうつ、その場所にたどり着くまでは。
「イ、イーナちゃん……もうキツイです……!」
ナーシェが息を荒げながら振り絞るように声を上げる。
「頑張ってナーシェ!あの修行を突破したんだから大丈夫だよ!」
何とか励ましながら、私達は山道をかけ続けた。本当にあの修行を行って良かった。もしあの修行がなければ、もうすでに死んでいたのかもしれないのだから。
「無駄だ……どこまで逃げようと、雷からは逃れられん……」
雷が降り注ぐ中、私達はかけ続けた。そして、遂に私達はたどり着いたのだ。一足先に目的地へと着いていたミスラはすでに兵士達の避難をしていてくれていた。そう、私達が向かった先、麒麟をおびき寄せた先は兵士達のキャンプであった。
「なんだ…… 何か策があるのかと思えば、味方との合流か…… だが、たかが人間が増えたところでどうにかなるとでも思ったか!」
麒麟は再び攻撃をするために、雷を呼び寄せようと身構えた。だが、雷は麒麟に落ちてくることはなかったのだ。
「なんだ……一体どうなっている……」
戸惑う麒麟。賭に勝ったのは私の方である。完全に麒麟に隙が出来た。このチャンスを逃すわけにはいかない。今こそ麒麟を地に落とすときなのだ。
「炎の術式! 紅炎!」
麒麟が気付いたとき、もうすでにかわせない位置まで、私の魔法が届いていた。もう麒麟を守る雷のバリアもない。
そのまま麒麟に魔法が直撃する。確かに手応えはあった。そして、そのまま地面へと落下していく麒麟。地面へとたたきつけられた麒麟は、ふらふらの足で何とか立ち上がる。だが、雷が落ちてこない今、もうすでに勝負は決していたのだ。
「一体…… どうして雷が……」
「麒麟、お前の敗因は人間の力を舐めすぎたことだよ。何故雷が落ちてこなかったか…… 人間がここまで発展してきたのは、自然の力を制御出来るようになったからだからね……」
私の指し示した先、空しくも雷が落ち続けていたのは、キャンプの周りに高々と立っていた避雷塔であったのだ。




