157話 交渉決裂
雷だけでなく、吹き付ける雨や風までもが強さを増す。まるで台風かと思うような天候の中、私と麒麟は相対していた。
「イーナさん、ありがとうございます!私も戦います!」
先ほどまで座り込んでいたイナンナが私の横へと並んできた。一体イナンナの力はどのようなものなのか、そして目の前に圧倒的な存在感で降臨した麒麟の力はいかほどなのか、正直私の心の中は、一般的に興味と形容されるような感情しかなかった。
「イナンナさん、麒麟の動きは見える?」
九尾の目の力を持つ私なら、麒麟の動きは何とか捉えられる。だが、そうでないもの達にとっては、消えたように見えるのも無理はないだろう。おそらく、私達の仲間でも、麒麟の動きを正確に捉えられていたのはミズチくらいのはずだ。
「ええ、なんとか……」
イナンナは自信なさげに小さく首を縦に振った。まだ全く分析は出来ていないが、見たところ麒麟の武器は、『速さ』と『雷魔法』だろう。速さの方は何とか対応できそうではあるが、もういっぽいの雷魔法については厄介極まりないのである。だが、幸運にも、私達の仲間でも同じような力を持った男がいる。
「リンドヴルム!サポートをお願い!」
少し離れたところにいたリンドヴルムに対して私は叫んだ。非常に強力な雷には、同じ雷の魔法をぶつけてしまえばいいのである。
「わかってる!任せたぞイーナ」
「小賢しい…… そんなちっぽけな分際で儂を倒すつもりなど1000年早いわ……」
麒麟が再び、恐ろしいほど不気味な声を発する。麒麟が口を開く度に、周りの空気がバチッバチッと音を立てながら震えているような、そんな気がしていた。
まあ、何回も封印され、自由を失ったままと言うのであれば、その怒りというのも理解できなくはない。私だってモンスター側である。
「私達と話してみる気はない?平和的に解決する気とか……?」
「黙れ小娘!おぬしら儂を封印しおって!人間共と戯れる気など毛頭無いわ!」
麒麟はさらに怒りを強め、激しい雷撃をこちらに向けて放ってきた。
「炎の術式 華炎!」
私の周りに無数に浮いた炎が、麒麟の雷魔法を再び相殺する。リンドヴルムにサポートを頼んだは良いけど、向こうは向こうで、麒麟の攻撃に対処するので手一杯そうである。なにせ、麒麟の雷魔法は威力も驚異的であるが、何より攻撃範囲が広すぎるのだ。
「おぬし…… 一体何者なんだ……?」
――一度だけでなく二度も雷の攻撃が防がれた。ただの魔法ではない…… 後ろにおる小娘は確かにあの憎き男と同じ香りがするから人間である事は間違いないが……
「私?九尾のイーナだよ!以後よろしく」
出来るだけフレンドリーに、私は言葉を返す。少なくともこちらに興味は持ってくれているようだったし、同じ人間ではないと知ったら心を開いてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いてはいた。
実のところ、イナンナはすでにイーナの正体を知っていた。タルキスの王からこっそりと聞いていたのだ。だが、ミスラはそうではなかった。
「九尾!? まさか……」
驚きの声を上げたのはミスラであった。ミスラの様子を見たイナンナが、ミスラの方に視線を送りながら、口を開いた。
「ええ、ミスラ。あなたに内緒にしていたこと、申し訳ありませんでした。詳しくは無事に帰ったときに話します」
「ええ、少なくとも彼らからは悪意は感じられませんでしたし、私が一番そばで修行をしていましたから…… ですが……」
ミスラは少し複雑そうな表情を浮かべたが、その後何かを口にすることはなかった。
「九尾? 何故モンスターの癖に、それにそんな力を持っているのに、人間の側におる……? 儂には理解できん……」
私の正体を知った麒麟も、少し戸惑った様子で動きを止めた。どうやら少しか話を聞いてくれそうな雰囲気になってきた。ここが押しどころである。
「時代は変わっている。いつまでも過去に囚われたままじゃ駄目なんだ。新しい時代の生き方……それぞれが関わり合って支え合って生きていける世の中を作る為に、私はここに立っている。どう?麒麟、あなたも私達のモンスターの国に来る気はない?」
「モンスターの国だと……? おぬし一体何を考えておる?」
「別に、ただの勧誘だよ?」
私の言葉を聞いた麒麟は、何か考えるような様子で少し黙った後に、再び声を発した。
「もし、人間と戦う為と言うのなら考えてやらなくはない。だが、いずれにせよそこにいる人間共を始末し、憎いそやつらの国を滅ぼした後だ……」
「そう……どうやら、私とあなたの考えは相容れないみたいだね……」
今この瞬間に、交渉は決裂してしまったのである。本当は平和的に解決したかったのだが、仕方が無い。イナンナさん達エンディア国と、同盟を結んでいる以上、その国を滅ぼそうとする麒麟を放置するというわけにはいかないのだ。
残された道は力と力のぶつかり合いのみである。




