156話 雷鳴の使徒
明朝、キャンプを出発した私達は、立ち入り禁止区域であり、目的地でもある雷鳴山に足を踏み入れていた。まだ朝早く、相変わらず分厚い雲に覆われていた空はは夜かと思うほどにまだ暗かったが、頻繁になる雷が周囲を照らしていたため、山道を進むのに支障は少ない。
だが、流石に人里離れた地と言うだけあり、様々なモンスターが生息しているようで、時折私達の進路を塞ぐものも多かった。
比較的平和だったアーストリア地方とは異なり、こちらのモンスターは南の大陸ほどとはいかないが、なかなかに強力なようだ。地域が異なるせいか、アーストリア地方周辺とは住んでいるモンスターも全く違っていた。見たことのないモンスター達に、ついつい私も目を奪われてしまいがちである。
例えば、ガルムと呼ばれる見た目は大神のような犬型のモンスター。強さはそうでもないが、いかんせん数が多くすばしっこい。そして、大神たちとは違って、コミュニケーションなど全く取れそうもない。可哀想と言えば可哀想だが、退治して先に進んでいくほかはなかった。
その他にも珍しい生き物たちは沢山いた。どうやらある程度賢いモンスター達は、私達の気配を察して出てこないようで、突然襲いかかってくるような血の気の多いモンスターばかりと出くわす。本当はもう少し探索してみたいところではあるが、ここに来た目的はあくまで麒麟である。
先頭を切って進んでいたイナンナとミスラが足を止める。2人の先には少し開けた場所が広がっていた。
「いよいよ、ここが雷鳴山の祭壇になります。弱まっている封印を一度開放し、麒麟を呼び覚ます…… 準備はよろしいですか?」
イナンナの言葉に一気に私達の間にも緊張が走る。だけど今更、怖じ気づくというわけにもいかない。ここまで来たら、上手く行くかどうかわからなくても、出たとこ勝負でやってみるしかない。
「私はいつでも大丈夫!」
すぐに抜刀できるように、龍神の剣を身構え、私はイナンナの言葉に頷いた。
「俺も大丈夫だ」
ミズチもすっかり準備万全といった様子でそう呟く。リンドヴルムも言わずもがな、いつでも大丈夫だと言わんばかりにそわそわしていた。
「私もいつでも大丈夫です」
ルウ、それにルカとナーシェとテオも頷く。準備は整った。
「わかりました。ミスラいきましょう」
イナンナとミスラは、祭壇の中央へと歩みを進めた。稲光に照らされた2人は、祭壇の中央にたどり着くと、祈るようなポーズをとりながら座り込み、何か呪文のような言葉を呟き始めたようであった。雷の音のせいで、何を言っているのかはよくわからなかったが、確かに周りの空気が変わって言っていくのを肌で感じていた。
まるで肌に電撃が流れているかのように、ビリッ、ビリッと弱い刺激を感じる。
イナンナがさらに祈りを続けると、先ほど爆発音のように鳴り響いていた雷の音がぴたっと止み、雷鳴山を静寂が包み込んだ。
「イーナ様……」
ルカは何か不気味な気配を感じるようで、今にも消えてしまいそうな声で私の名を口にした。
「大丈夫、ルカ」
もはや周りの様子など見えていないかのように、イナンナは一心に祈り続けていた。すると突然に今まで体験したことのないような、目映い閃光と共に、静寂が包み込んでいた祭壇に雷鳴が鳴り響いた。
――来る!
その音と同時に、私は何者かが近づいてくる気配を感じたのだ。強大な力…… 麒麟のものに間違いない。先ほどまで出会ったモンスター達とは格が違う。
「イーナ!」
リンドヴルムが空を指し示した。光り輝く馬のような生き物がこちらをうかがうような様子で、宙に浮いていたのだ。
「麒麟……」
モンスター自体が電気を帯びて発光しているのか、それとも激しく鳴り響く雷によって照らされているのか、光に包まれていた生き物はシルエットくらいしか捉えられなかったが、私は確信していた。
「来るよ!」
激しい稲光と共に、麒麟の姿が消える。
「消えた……!?」
ナーシェが思わず驚きの声を上げる。確かに皆の目には消えたように見えたのだろう。だが、私の目ではしっかりとその姿を捉えていたのだ。私はすぐにイナンナの元へと駆け寄った。
「イーナさん!?」
突然目の前に現れた私の姿に驚いたのだろう。イナンナが声を上げる。だが、今はイナンナの方にかまっている場合でも無い。麒麟は真っ直ぐにこちらに向かってきているのだから。
「炎の術式、紅炎!」
電気を帯びながらこちらに突っ込んでくる麒麟に対し、炎の魔法で対抗する。麒麟が放った雷魔法と私の放った炎魔法がぶつかり合い、大きな爆発が起こる。
爆風に吹き飛ばされないように何とか体勢を立て直し、私は再び麒麟の方を見つめた。相変わらず見下すような様子で、空から麒麟はこちらを眺めている。そして、麒麟の不気味な声が私達の耳へ届く。
「久方ぶりに、外に出られたと思ったら、妙な奴が大量におる。ああ憎い、憎い…… 気に食わないぞ……」
「どうやら、話が通じるような相手じゃなさそうだね……」
少なくとも今の麒麟には何を言っても無駄であろう。こうなれば力で押さえ込む以外はない。気合いを入れるように、私は龍神の剣を握りなおした。




