154話 人を見た目で判断してはいけない
「それで、降誕の儀というのはいつになるんですか?」
降誕の儀に同席すること自体は問題は無い。だが、いつそれが執り行われるのかと言う事が重要である。白の十字架のこともある。あまりここで長居をするというわけにもいかないのだ。
「あなた方が準備が整うタイミングで…… いつでも大丈夫です」
イナンナは表情を変えることなく、一言だけそう返したのだ。最初にイナンナに出会ったとき、私がレェーヴ連合に誘ったときに、微妙な表情をしていたのも、すでに命を捨てる覚悟をしていたからなのであろう。そして、おそらくタルキスの王とわざわざ会っていたのも、多かれ少なかれそういった事情があったことは間違いない。
降誕の儀は首都アンドールから少し離れた場所にある、立ち入り禁止にされている山で行われるとのことだ。かつて、初代アンドール王が麒麟を封じた場所。『雷鳴山』と呼ばれるその場所は、決して止むことの無い雷が鳴り響いているという。
決戦の日時は明後日に決まった。前日の夜から移動し、軍のキャンプへと入る。急ピッチでの準備となるが、私達にとっても、そしてすでに準備が整っていたイナンナにとっても、早い方が良いのは間違いない。
段取りが決まった日の夜、私達の元にこっそりとやってきたのは、エンディア滞在中、ずっと私達の身の回りの世話を行ってくれていたシュクルであった。突然に、真面目な顔で部屋に飛び込んできたシュクルに対して、私は問いかけた。
「どうしたの、シュクル?」
「イナンナ様の事、どうしても直接お礼を言いたくて……!私の力ではどう頑張ってもイナンナ様の力にはなれそうもないので、皆様を頼ることになってしまって本当に心苦しいのですが、本当にありがとうございます。何卒イナンナ様の事…… よろしくお願い申し上げます……」
シュクルは頭を地面にこすりつけるかのような勢いで、私達に向かってそう叫んだ。いつもの冷静なシュクルとは異なり、その言葉、そして態度からは必死さがひしひしと伝わってきたのだ。
「大丈夫だよ!シュクル!絶対にイナンナさんは死なせない」
私のその言葉に、シュクルは安堵したかのように、少しだけ表情を緩めた。シュクルは今回の作戦には同行しない。エンディア側で麒麟討伐に乗り出すのは、イナンナとミスラのみである。そもそもエンディア国の中でも、麒麟の真実に関して知っている人間というのも限られているのだ。
「そうだぞ!イーナや俺達がいるからな!」
リンドヴルムも自信満々な様子で言葉を続けた。こういうときのリンドヴルムは本当に頼りになるのだ。その言葉に、おそらくはずっと不安に押しつぶされそうであったシュクルの表情も、すっかり平静を取り戻したようだった。
「皆様ありがとうございます!何卒よろしくお願いします!」
………………………………………
明くる日、私達は雷鳴山へと向けて出発した。遂に、女王が降誕の儀に臨まれるという大ニュースはあっという間にアンドール中に知れ渡ったようで、多くの国民達が、半ばパニックのような状況になりかけていたのだ。女王を応援する者もいれば、偉大な女王が神となることで、アンドールを去ってしまうことに悲しみ嘆く者もいた。私達はフードで顔を隠して、兵士のふりをしながら、女王、そしてミスラとと共に街を離れたのだ。
街を離れてしばらくの後、街道から外れ、すっかり人気の無くなった道を進んでいる途中で、イナンナが私達に話しかけてきた。
「ここまで来れば、大丈夫でしょう。フードを取って頂いても大丈夫ですよ!」
「もうすっかりパニックだったね!大丈夫かなあ……?」
「大丈夫です。最悪の時のために、次の王についても用意はしてきました。もし、私がいなくなっても私の息子ソルが後のことはしっかり行ってくれるはずです。元々は降誕の儀でこの命を捨てるつもりでしたから……」
「まって、イナンナさんって…… 一体おいくつなんですか……?」
イナンナのその見た目から、私はすっかりイナンナは若い女王であると思い込んでいた。だが、息子がいて、それも後釜を任せられるような年齢と言うことは…… 私の頭はすっかり混乱に陥っていた。イナンナはそんな私を見てか、無邪気な笑顔を浮かべていた。
「あら、イーナ?一体私がいくつに見えていたのですか?」
意地悪そうな笑みを浮かべるイナンナの横で、ミスラが苦笑いを浮かべながら、口を開いた。
「こう見えても、イナンナ様は私よりも年上なのだ……」
「あら、ミスラ?一体あなたにはどう見えてるというの?」
イナンナの言葉に、ミスラはすっかり慌てた様子で、弁解を行う。
「い、いえ!イナンナ様!なんでもありません!」
そのやりとりに、皆もすっかりリラックスしたかのように笑い声をあげる。そのまま、私達は目的地である雷鳴山に向けて、進んでいったのだ。




