149話 自分を追い込むのは嫌いじゃないのです
アンドール滞在2日目。
シュクルが連れて行ってくれたのは、水の宮殿からすぐの近くにある寺院であった。
「エンディアと言えば、一番特徴的なのは寺院ですね。この街にはいくつかの寺院があるのですが……一番大きな寺院が、目の前にあるエル寺院になります」
エル寺院。丸いドームのような赤い屋根と、装飾が特徴的である建物は、近づけば近づくほどに存在感を増していった。だが、昨日見た寺院とは異なり、人気はほとんど無かったのだ。すれ違う人と言えば、修行者だろうか、胴着のような質素な服を身につけた数人だけであった。
「昨日は寺院の周りに人が集まっていた気がするけど……ここは人があんまり居ないんだね!」
「エル寺院は、基本的には修行者のみが立ち入れる場所なのです。今回は特別に入るのを許可して頂きました」
「そんな特別なところに入っても大丈夫なの!?」
「ええ、イナンナ様が是非とのことですので。イーナ様方には是非見て頂きたいと!」
エンディアに伝わるという秘術を極める為に、修行者は寺院で修行を行う。そして修行を極めたとき、麒麟と呼ばれる神の使いが修行者を迎えに来る。そんな話を私は思い出していた。もしその言い伝えが本当なら、こんなまたとないチャンス、逃すわけにはいかない。
寺院の中では、大勢の人々が座り込み、目を瞑りながら必死に祈りを捧げ続けていた。邪魔をしないように、静かに私達もシュクルについて奥へと進んでいく。寺院の最奥には、祈りを捧げるポーズを取った大きな像が、厳かに置かれていた。
「これは……?」
「かつて、このエンディアで初めて秘術を極めたとされる初代エンディア王。ここは、そのエンディア王を祀っている寺院になります」
「初代エンディア王……」
ルカもルウも、そしてリンドヴルムでさえも、その圧倒的な像の存在感に言葉を失い、ただひたすらに像を見上げていた。確かにこの像を前にしては、何か神秘的な力があると言われても決して不思議ではないと思い込んでしまうだろう。
そして、もう一つ。わずかだが、像からマナを感じる。魔鉱石の近くにいるときと同じような感覚。おそらくは、魔鉱石でできているのだろう。それならば、秘術と呼ばれる力を取得できると言うのも、おかしな話ではない。
「ねえ、シュクル、答えられる範囲で大丈夫なんだけど…… エンディアに伝わる秘術って……?」
「神の使いは雷鳴と共に現れると言い伝えられています。雷鳴を呼ぶと言うこと、すなわち天を支配する力、修行者達はその力を求めて修行しております」
雷鳴の力……? 私はちらっとリンドヴルムの方を見る。もし雷魔法のことなら、リンドヴルムがちょちょいと使ってくれれば、麒麟に会えるのかもしれないが……まあ流石にそんな単純な話でもないだろう。
「そして、修行の先にあるのは神通力と呼ばれる力……神にも通ずるとさえ言われるその力を手にしたものは、麒麟により、神の元へと連れて行ってもらえるのです」
「イーナ様……神通力って……?」
驚いたような様子で私に話しかけてきたルカ。だが、その言葉に驚いたのはルカだけではなかった。私も、ナーシェも、そしてミズチも、聞き覚えのある言葉にすっかり言葉を失ってしまっていた。
神通力。シャウン王国では、妖狐、夜叉、大神、そして大蛇の使う魔法のことを神通力と称していた。そして、麒麟も同じ使徒と呼ばれる存在。けして偶然ではな位だろう。
やはり、その修行とやらに、何らかのヒントがある。
ならばやることは一つ。アンドール観光も捨てがたいところではあるが、今の私の興味は完全に寺院での修行に移っていたのだ。
「シュクルさん!私もその修行に参加することは出来ないかな!」
思わぬ私の提案に、流石のシュクルも驚いた様子を浮かべる。普通に考えれば、わざわざ遠くから来て修行をしたいなんて言う物好きはなかなかいないだろう。
「修行に参加することは、誰でも自由に出来ることですから、問題は無いと思いますが…… せっかくのアンドール滞在を修行に参加することに使ってしまってもよろしいのですか?」
「私はかまわないよ!他のみんなはぜひ観光してきてよ!」
「イーナがそのつもりなら、俺も参加する。せっかく秘術とやらに触れられるチャンスだしな……」
ミズチは、そわそわしながら静かにそう言い放った。すっかり忘れていたが、そういえばミズチも、アマツに劣らないほどの戦闘狂であった。修行という言葉には目がないのだろう。
「おい、ミズチ!お前だけ抜け駆けしようったってそうは行かないぞ!」
張り合うように、リンドヴルムもそう叫ぶ。その様子を見たルウがあきれたような口調で、冷たく言い放った。
「仕方無いですね…… リンドヴルム様を放置しておく訳にもいかないですし…… 何よりイーナ様と一緒に修行をしたいです……」
「ルカも強くなるよ!イーナ様!」
「ニャ!面白そうなのニャ!」
「そうですね……少しでもみんなの足を引っ張らないように……私も頑張らないと……!」
こうして、戸惑うシュクルをよそに、私達のエンディアでの修行が幕を開けたのだ。




