148話 女王イナンナ
エンディア国の女王イナンナ。優雅な衣装とその立ち振る舞いは、気品に溢れており、思わず私達も言葉を失ったまま、彼女の姿に見とれてしまった。イナンナは、彼女の象徴ともいえる長い黒髪を揺らしながら、目をぱちくりと開き、私達に尋ねきたのである。
「大層驚かれているご様子ですが……何か不躾がございましたか?」
「い、いえ!あまりに美しくて……つい言葉を失ってしまって……失礼いたしました。私はレェーヴ連合から参りましたイーナと申します」
慌てた私の様子が可笑しかったのだろうか、イナンナはクスッと笑みを浮かべる。
「あなたも可愛らしいですよイーナさん。先ほどまでちょうどタルキスの王と会談をしていたのですが、王もあなたのことをずいぶん気に入っているようで…… 一度私もお目にかかりたいと思っていました。まさかこんなにすぐにその機会が訪れるとは夢にも思いませんでしたが……」
「タルキスの王が……?」
「ええ、あなたの話をするときはずいぶんと楽しそうに話していました。彼はあまり笑いませんから、わかりやすいのです」
確かに、タルキスの王は、まさに厳格と言う言葉がふさわしいなりをしている。私だって最初にあったときには、終始圧倒されっぱなしであった。少しでも失礼をしたら首でもたたき切られるのではないかと怯えながら応対していた。
「何でも西国は動乱の中にあったとか……それでもイーナさん達の活躍で、平和を取り戻せそうだと、誇らしげに語っておりましたよ」
タルキスの王が、そんなに私のことを褒めてくれていたのか……
そう思うと、なんだかとても嬉しい気持ちになる。今まで頑張ってきた事が報われた。誰かに認めてもらえた。それだけの事であるが、私にとってはそれで十分だった。
「あなたたちの事情は聞きました。シーアンを目指していると。そして、魔鉱石のマナが溜まるまで、しばらくの間、エンディアに滞在したいと。私達エンディアはあなた方を歓迎いたします。ぜひ、エンディアを楽しんでいって頂ければと思います」
イナンナは明るく笑いながら再び私達に向け一礼をし、そして、誰かを呼び出すように、兵士へと伝えたのだ。それから、しばらくの後、兵士と共に1人女性が姿を現した。まさしく、イナンナに勝るとも劣らない美女である。エンディアは美しい女性に溢れているようだ。
「シュクル、彼女たちの案内をよろしくお願いします」
シュクルと呼ばれる女性は、一歩前に踏み出すと、私達に向けて一礼をした。
「イーナさん、皆さん、エンディアへようこそいらっしゃいました。滞在中は、私シュクルが皆様のお世話をさせて頂きます」
「良いのですか!?イナンナさん、シュクルさん」
「あなた方もエンディアを訪れるのは初めてでしょう。はるばる遠くから来たというのに、何もしないというわけにも行きません。あなた方がエンディアにいる間、少しでも快適に過ごせるように、できる限りの事はさせて頂きます」
なんてありがたい話なのだろうか。これも全てタルキス王リチャードのお陰である。彼には感謝してもしきれない。
「ありがとうございますイナンナさん!是非、私達の国に来たときには、このご恩返します!そして、シュクルさんよろしくお願いします!」
「そうですね…… いずれあなた方の国にも行ってみたいものです…… その時をぜひ楽しみにしておりますね!」
イナンナは笑ってこそいたが、何処か寂しげな様子を浮かべながら、私に言葉を返した。そのちょっとした表情が、私の心の中で引っかかっていたのである。
「では、私はこれで失礼いたします。後のことはシュクルに一任してありますので…… 是非、エンディアを楽しんでいってください」
イナンナはそのまま宮殿の奥へと姿を消した。彼女も王たる身。忙しいのであろう。イナンナの事情はわからないが、私がどうこうするという話ではない。それよりも今はせっかくエンディアに来たのだから、楽しむ方が先決だ。
「イーナ様達が、エンディアに滞在する間、宿泊するための部屋はすでに手配しております。ここまでの長旅お疲れでしょう。本日はゆっくりなさってください」
「ありがとう、シュクル!ひとまずは、お言葉に甘えさせてもらいます!良かったらまた夜案内してくれないかな!せっかくエンディアに来たんだから、美味しいものが食べたいんだ!」
私の言葉に、シュクルは小さく頷いた。
「わかりました。では一度、お部屋の方に案内いたします。また暗くなった頃、迎えに行きますので、それまではお部屋の方でお休みください」
すっかり周囲も暗くなった頃、シュクルの案内で私達はアンドールの街へと繰り出した。夜の街は、昼間の信仰深い優雅な街並みとは異なり、すっかり賑わいに包まれていた。街を照らす灯りが水路に反射して、とても幻想的な光景が私達の目に飛び込んでくる。まさに別世界である。
「夜の街はすごい賑わっているんですね!それに綺麗!」
ナーシェがうっとりとした表情で呟く。ルカやルウもその景色にすっかり心を奪われているようで、いつになく楽しそうな様子であった。
「シュクル!エンディアで有名な酒はないか!」
「リンドヴルム……おまえ、こんなところまで来て恥をさらすつもりか……」
「大丈夫だミズチ!流石にイーナの顔に泥を塗るような真似はしないさ!」
リンドヴルムとミズチのやりとりに、ついついシュクルも表情を緩める。
「そうですね!私もあまり詳しくはありませんが……ご案内いたします」




