147話 水の楽園アンドール
エンディアは西国諸国とは全く異なる文化を持っていたが、何よりも私達が驚いたのは街中に動物が溢れていたと言うことである。宮殿に向かうために、空港から出た私達の目に飛び込んできたのは、大きな牙の生えた、象のような生き物が人を乗せ、そこらを闊歩している光景だった。
「イーナ様!あの動物何!?人も乗ってるよ……!?」
「ああ、アレは、我々エンディア国の民と古くから共にあるガネーシャですね!」
私達の道案内をしてくれていた、エンディアの兵士がルカの疑問に答えた。
「ガネーシャ……?」
「そんなに怖がらなくても、こちらから危害を加えない限りは、襲ってこないので大丈夫ですよ!エンディアの民はガネーシャを移動手段に用いているのです。水路が多いアンドールは特に、水上も移動できるガネーシャが必須ですから!我々も今からガネーシャに乗って移動しますよ!」
「えー!ルカも乗れるの!」
興奮を隠せないルカを見た兵士はにっこりと笑いながら首を縦に振る。そしてわくわくしているのはルカだけではなかった。ルウもリンドヴルムも、そしてミズチもなにやら先ほどからそわそわしている。
すぐに兵士達が、ガネーシャに乗って私達の元へとやってきた。4頭のガネーシャは全く暴れる素振りもなく、私達の元へ近づくとすぐに地面へと座り込み、背中に乗れと言わんばかりにじっと待っていた。
私とルウ、ナーシェとルカとテオ、そしてリンドヴルムとミズチの組み合わせで、私達はガネーシャへと乗り込んだ。残りの一頭には、先頭を案内する兵士が乗り込む。
「なんでお前と一緒なんだ、ミズチ?男と乗ったところで何にも楽しくないぞ」
「うるさい、黙って乗っていろリンドヴルム」
ガネーシャに乗ったリンドヴルムとミズチは、不服そうな様子であった。そんな2人のやりとりに、エンディアの兵士達も苦笑いを浮かべていた。
「まあまあそんな喧嘩しないで!せっかくアンドールに来たって言うのに……」
ひとまずは治まったようだが、この先のことを考えると頭が痛い。そんな事を思っていると、急に案内をしてくれていた兵士が街の方を指さした。
「見てください!アレが寺院です!」
アンドールの街には寺院と呼ばれるエンディア独自の建物がそこらかしこに建っていた。寺院にはそれぞれに神が祀られているとのことで、エンディアの民は、毎日欠かすことなく寺院に出向いては、神への祈りを行っているらしい。寺院の前には大勢の人だかりが出来ており、すっかり賑わっている様子であった。
「神様かあ……」
「そうです、万物には神が宿っている。それがエンディアの教えです。イーナ様達も良ければ、王に会ったあとにでも礼拝に行ってみてはいかがでしょうか?」
「祈りって言うのは、死んだものに捧げるものではなかったのですか?」
兵士の言葉を聞いたルウは、不思議そうな表情で私へと尋ねてきた。返答に困っていた私に代わり、私達の象に乗っていた兵士が笑いながらルウに向かって優しく話をしてくれた。
「エンディアに伝わる秘術。それを極める為に修行した者達は、最終的に人間から神へと昇華するのです。厳しい修行を乗り越えた時、神の使いが人間の元へとやってきて、天へと連れて行ってくれると言われています」
兵士の表情こそ笑っていたが、なにやら物騒な話である。だが、私が気になったのはそこではない。その後の言葉。神の使いという単語である。
「神の使いって?」
「私も直接見たことはないのですが……この国では、麒麟と呼ばれる存在。雷を操り、雷雨と共に現れると言われています」
麒麟……
使徒と呼ばれる者達の中にも同じ名前がある。決して偶然ではないだろう。
「イーナ様。麒麟って……」
「たぶん……いや絶対にそうだと思う」
ルウと私のやりとりを聞いていた兵士は首をかしげながら、尋ねてきた。
「イーナ様達は麒麟について知っているのですか?」
「まあ、ちょっとだけ似たような話を聞いてたから!」
「西の方でも同じような伝説があるのですね!!いやはや世界は広いものです!」
それから、まもなくして、私達の目に目的地であるアンドール宮殿が飛び込んできた。
別名水の宮殿とも呼ばれるアンドール宮殿は、整備された水路と、美しい花が咲き誇る庭園に囲まれた、優雅な建物である。アンドールの街は、元々水上交通で発展してきた経緯があり、その象徴でもあるアンドール宮殿は国民から水の宮殿と呼ばれているとのことだ。
そして、その優雅さは決して外見だけではなかった。内装も外に負けないほどに豪華であり、タルキスとはまた違う豪華さ、荘厳という言葉以外に形容しがたい光景が広がっていた。
「それでは少々お待ちください!今王に取り次ぎますので……」
そう言い残し、宮殿の奥へと姿を消した兵士。一体、エンディアの王はどんな人なんだろうか。古くからリチャード王とは知り合いだったらしいから、おそらくは結構な年であるのだろう。リチャードに負けないような厳ついおっさんの姿しか、私にはイメージが出来なかった。
だが、私達の前に出てきた王は、想像とは正反対であったのだ。おっさんどころか、見た目は若い、妖艶な美女。目の前に立っていた女性は、私達に向けて軽く一礼をすると、静かに笑みを浮かべながら、自らの名を名乗ったのだ。
「エンディアへようこそ。私はエンディア国代37代女王イナンナと申します」




