140話 望み
いつものように、診療を終え、私は、病院の一室、書庫で調べ物をしていた。世界を滅ぼしうる力の存在が一体何なのか。あれから、私はそれに関わりそうな文献を漁っていた。
幸いにも王立学校との協定を結んだことで、学校を通して、沢山の文献が手に入るようになった。
やはり、力と言えば10使徒の存在であろう。白の十字架のメンバーも、わざわざ自分たちのことを使徒と名乗っていた。多かれ少なかれ、10使徒に関係があることであろうと、私は確信していた。
妖狐、夜叉、大神、大蛇、狒々、黒竜、そして未だ出会えていない、鯨王、霊亀、鳳凰、麒麟。もしかしたら、まだ出会っていない使徒と呼ばれるもの達なら、何か知っているかもしれない。
「何か調べ物か?イーナ」
書庫の入り口にはファフニールが立っていた。
「そう、10使徒について、調べていたんだ。もしかしたら、何かヒントがあるかも知れないと思って!」
「奴らが言っていたという、世界を滅ぼしうる力というやつか?」
「そういえばさ、南の大陸にある街に行ったときに、聞いたんだけど、ファフニールさんって、鯨王のことは知ってるの?」
「鯨王か……」
私の言葉に、ファフニールは何か考えこんだ様子で、沈黙した。そういえば、黒竜と鯨王って昔から幾度となく争いを繰り広げたと聞いたっけ。まずいことを聞いてしまったのかもしれない。そんな事を思っていると、ファフニールは、私の心配をよそに、明るい表情で話を始めた。
「懐かしい名だな、私達の祖先は互いに争うこともあったとは聞くが、最近はもう関わることもなくなってしまったからな。今やどこにいるのかもわからん」
「そうなの?でも南の大陸に行くときに、鯨王らしき影は見たけど……ばかでかい鯨だった」
「そうなのか?奴らは普段は陸地の近くには来ないとは聞いたが……深い海の底をすみかにしていると……」
わざわざ、陸地の近くまで姿を現したと言う事は、何か事情があったのかも知れない。だけど、相手は海を自由に移動するモンスター。会いに行くというのも、不可能に近い。気にはなるが、今の私達にはどうすることも出来ない。
「ファフニールさん、鳳凰については?空で出会ったりとかしないの?」
「すまんな、イーナ。私も鳳凰についてはわからない。もしかしたら、黒竜の始祖の頃であれば、関わり合いもあったかもしれないが……そもそも、私達は、4つに分裂したあとは、お互いの牽制ばかりでル・マンデウスを離れると言うことが滅多になかったのだ」
「そう……ありがとう!ファフニールさん!」
ファフニールなら何か知っているのかもしれないとは思ったが、そう簡単に情報は手に入らなかった。まあ、そもそもファフニールは動くのもままならない状況であったため、無理もない。やはり自分で調べるしかないのだ。それに、もしかしたらリンドヴルムのように、私達の噂を聞きつけて向こうから来ることもあるかも知れないし……
それからも、なかなかめぼしい情報は手に入らなかった。特に、収穫もなく、日々だけが過ぎていった。
そして、あっという間に、ファフニールが退院し、自らの里へ帰る日がやってきた。
「イーナ!本当に世話になったな!本当はもっとここにいたかったが、そうも行かない」
レェーヴの街を離れるファフニール達を、ちょうど私達は見送っているところであった。ルカ達も一緒に名残惜しそうに、ファフニールとスウ、ルウを見送ってくれた。
「もし、何か悪くなったらすぐに来てね!」
「ああ、ありがとう!」
「イーナ様。大変お世話になりました」
「イーナ様。大変お世話になりました。ルウ、楽しかったです」
スウはいつも通り淡々としていたが、ルウはちょっと寂しげに、飛び立つ準備をしていた。そんな2人の様子を見た、リンドヴルムが笑顔で語りかけた。
「そんな、寂しそうな顔をするな!俺はイーナ達の所に残るしな。ひとっ飛びすればいつでも会えるさ!」
「そうですね!」
リンドヴルムの言葉に、ルウが笑顔を浮かべる。特に、ルウは、天上の大地で一緒に戦ったこともあり、私も少し別れが寂しくはあった。そんなルウの様子を見たスウとファフニールは、お互いの顔を見合ったあとに、小さな笑顔を浮かべ、口を開いた。
「イーナ、本当に世話になったな。もう一つだけ、イーナに頼みたいことがあるのだが…… 聞いてはもらえないだろうか?」
「私で叶えられる頼みなら!」
「お前達の国と黒竜、是非友好関係を結ばせてはもらえないだろうか。イーナが言っていた世界を滅ぼしうる力、もしそんなものが本当にあるとしたら、そしてもしお前達がその力と向き合うときが来たら…… 是非私達も一緒に戦わせてもらいたい」
私はファフニールの意外とも言える提案に、つい驚いてしまった。リンドヴルムは置いておいて、黒竜達が、わざわざ外の世界と関わろうとすることを、想像していなかったからである。
「もちろん!こちらからもお願いします!」
「ありがとうなイーナ!さて今から、私達は同盟関係になったというわけだが…… お前達の国、レェーヴ連合には私も大変驚いた。全てが新鮮な世界だ。もっとお前達の、そして人間の文化も学んで、取り入れられるものは取り入れたい。心からそう思っている」
ここで私も、ファフニールが何を言わんとしているのかうっすらと理解した。ファフニールはそのままルウの方を向いて言った。
「そこで、私達の一族からも、是非誰かを派遣させてもらえないかと思ってな…… ルウ、どうだ、イーナの所に残って、もっと外の世界について勉強する気はないか?」
ルウは、ファフニールの提案が意外だったようで、驚いた表情のまま、静かに口を開いた。
「で、ですが、ファフニール様……ルウには、ファフニール様の周りの仕事が……」
「もう私も1人で周りのことをこなすことが出来そうだしな、それに、スウも賛成してくれた。ルウ、もちろん遊びでイーナの所に滞在するというわけではない。外の世界の情報を集める。その任務、お前にたのみたい。どうだ?」
ルウは、ちらっとスウ、そして私の方を見る。スウはルウに向かって優しい口調で口を開いた。
「ルウ、リンドヴルム様がイーナ様に迷惑をかけないように、しっかり見張っていなさい。これも重要な任務よ」
「……そうね、スウ。イーナ様、皆様……またしばらくの間、よろしくお願いいたします」
「おい、スウ、一体どういうことだ?」
リンドヴルムはちょっとむくれた様子で、そう口にしていたが、表情は笑っていた。リンドヴルムも黒竜の仲間が一緒にいるというのが嬉しいのだろう。
そのままファフニールとスウは、自らの場所へと帰っていった。こうして、私達の元に、また新たな仲間が加わったのである。
「じゃあ、改めてだけど……リンドヴルム、そしてルウ、私達の国へようこそ!」




