134話 頂上決戦
狂気とも言える笑顔を浮かべながら、私の前にただ1人立ちはだかるアイル。人間でありながら、すでに人間を超えた存在。私達や黒竜よりもよっぽど化け物という言葉が似合っているだろう。
「首をばっさり……いや、それじゃつまらないか…… 決めた……!やっぱり少しずつお腹を開いていく…… そうすれば、苦痛にまみえながら死んでいく君を見られるもんね!ああ最高だ!」
――一体何を言っているんだこいつは?
うっとりするような表情で、自らの大剣をなめ回すように見つめるアイル。恍惚の表情を浮かべながら、アイルはこちらに視線を合わせた。
――来る!
「リンドヴルム!ルウ下がってて!」
一気に距離をつめてくるアイルに、私は遠距離での牽制を仕掛ける。
「氷の術式 雪月花!」
「そんな目くらましで僕を止められると思っているの?」
アイルの首元をよく見ると、アレクサンドラのところで見た魔鉱石が光っていた。こちらに駆け寄りながらアイルも術式を唱える。
「雷の術式 雷鳴!」
ばちっばちっと音を立てながら電気を帯びる大剣。アイルがその大剣を振るうと、一気にたまっていた電気が放出される。私の発した氷の塊を通電させながら、全て打ち消し、なおもアイルは真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
――まずい…… ガードを……!
二刀でアイルの重い剣を何とか受け止めた。だが、なおもアイルは重い攻撃を次から次へと繰り出してきた。少しでも油断すれば、一気に腕ごと持って行かれそうであった。
「あはは!前よりなんだか強くなっているね!イーナ!これはちょっと本気を出さなきゃいけないかなあ!」
――ちっ…… まだ……
ちんたらやっていては、パワーで劣るこちらが不利である。ならば一気にやるしかない。どうせ向こうは私を殺しに来ている。殺らなきゃ殺られるだけである。
――イーナ!待て!
アレナ聖教国で使えるようになった見るだけで相手を燃やせる力。あの力を再び使おうとしたとき、サクヤが私を止めに入った。
――なんで……!
――そちの目はさっきのヨルムンガルドとガルグイユとの戦いで消耗しておる。アレを使えるのもそんなに回数は多くない。無理に使おうとすれば、動体視力の強化効果もなくなるぞ!
あの見える感覚。アレがなくなってしまえば、おそらく本気になったアイルには太刀打ちできないだろう。一発で決めることが出来なきゃ私の負け。その先には死が待っている。
そうなれば、まだ使うわけにはいかない。
再び、大剣をたたき込んでくるアイル。斬ると言うよりももはや叩くと言った方が適切であろう攻撃は一撃一撃が非常に重い。それでもなお、アイルは大剣の重さなど意にも介さず、素早い動きでこちらに的確に攻撃を加えてくる。
――どこから、そんな力が?
「イーナ!どうしたの?もっと僕を楽しませてよ!」
「氷雨!」
突然ルウの声が私の耳に届いた。声の直後、アイルに向かって再び氷の塊が飛んでいく。だが再び、アイルは雷魔法でルウの攻撃を捌くと、今度は私ではなく、ルウの方へと一気に向かって言った。
「邪魔するなよ!いいところだってのに!」
「ルウ!逃げて!」
だが、アイルのあまりの迫力に、身がすくんでしまったルウは、動こうとしても、思うように動けずにいた。まずい…… このままだと……!
もうあの力を使うしかない…… そう思った瞬間、ルウに向かって行くアイルを止めたのはリンドヴルムであった。
「雷光之舞!」
リンドヴルムの放った雷魔法がアイルへと直撃した。一瞬ひるんだアイルであったが、すぐに体制を立て直し、再び大剣を構え、リンドヴルムにむけ、狂気の笑顔を浮かべる。
「僕じゃなかったら、今の一撃で倒せていたかもね!でもあいにく、僕も雷の魔法を使う。雷魔法は効かないよ!」
「ふん、一瞬ひるんだだろうが!強がりだろう?」
「どう思うかは君の自由だよ!でも、せっかくのイーナとの楽しみを邪魔されたのはちょっとカチンときたかなあ!」
ウォームアップをするように、アイルは自らの手首を捻り、リンドヴルムに威嚇を行う。だが、リンドヴルムも一歩たりとも引く素振りは見えなかった。
「あいにくだが、イーナを追いかけるのは、俺1人で十分だ。お前はイーナの眼中にもない」
……? なんかおかしいような気もするぞ……?
「まあいいや!そろそろ大分身体も戻ったしね!先に死にたいのは……誰かな?」
再び、大剣を構えながらリンドヴルムに突っ込むアイル。雷魔法を発するも、アイルも同じく雷魔法で対抗する。激しい爆音と共に、雷と雷がぶつかり火花が生じた。
私も、すぐにリンドヴルム達の方に向かい、再びアイルと刃を交える。リンドヴルムもルウも近距離戦ではアイルには絶対に勝てないだろう。アイルの剣を抑えられるのは、この場においてわたししかいないのだ。
「そうか!イーナ!本当に君は…… そんなに殺されたいんだね?」
「さあ? 死ぬ気なんてさらっさらないけど」
交わる刃と刃。鋭い音を立てながら、火花を散らしながら、再び、アイルとの近接戦。大丈夫だ。見えている。対処は出来る。
幸いにも、こちらには遠距離で援護が出来る、リンドヴルムとルウがいる。近接攻撃さえ何とか凌げば、勝ち目はまだある。
だが、刃を交えれば交えるほどに、アイルの攻撃は重さを増していく。一体どこからこんな力が出てくるのか?なおも激しさを増すアイルの攻撃に、次第に劣勢に陥っていく。
「はは! そんなもんかい! イーナ! ほら! どうしたの?」
アイルの攻撃を防ぎながら、私はこの窮地を脱する方法を必死に考えていた。何か思いつきそうで、思いつかない。考えに気を取られていた私は、アイルの一撃を防いだ際に思いっきりバランスを崩してしまった。
そのまま、後方へと吹っ飛んでいったが、私を追撃しようとしたアイルを、再びリンドヴルムの雷魔法が襲った。
「だから、君もしつこいね!効かないって言ってるでしょ!」
アイルはその場にとどまったまま、リンドヴルムに向かって言葉を返した。だけど、妙である。完全にバランスを崩していた私を追撃していれば、いくらリンドヴルムの援護があったとはいえ、仕留めていてもおかしくはない。
……何故追撃しなかったのだろうか? もしかして……
私の頭の中には一つの考えが浮かんでいた。一つ一つのピースが繋がっていく。解けなかった難問が解けたときのような快感。あとは、この答えを自分の身体で確かめるだけである。間違えれば死ぬ。だが、それがまたある意味では私に快感をもたらす要素ともなっていた。
――さあ、答え合わせの時間だ。楽しんでやろうじゃない!




