133話 狂気に満ちた人間
「ガルグイユ……」
力なく崩れ落ちたガルグイユの姿を見て、リンドヴルムはぽつりと呟いた。いくら戦っていたとは言え、同じ黒竜であるガルグイユがあっさりとやられた姿に、リンドヴルムもショックを隠せないようであった。そして、それはルウも同様であった。そして、もう1人、その光景を見ていたものがいた。ヨルムンガルドである。
「てめえら!よくも俺より先にガルグイユをやりやがったなぁ!」
逆上したヨルムンガルドは、2人に向け炎を発したが、疲労したヨルムンガルドの攻撃をかわすのは容易だったようだ。そのまま、アレクサンドラの魔法がヨルムンガルドを襲う。
「風の術式 業風」
ガルグイユを襲った風魔法がヨルムンガルドにも牙を剥く。そのままヨルムンガルドも、その巨体を地面へと沈めた。こっちは致命傷には至らなそうである。もしかしたら、アレクサンドラの優しさだったのかもしれない。ただ、どちらにしてもしばらく戦闘は出来なさそうな状態である。
「そんな……ヨルムンガルドまで……」
リンドヴルムは完全に放心状態といった様子で口を開いた。そんな様子など意にも介さないように、アイルは笑顔を浮かべていた。ガルグイユの返り血を浴びながらも無邪気に笑みを浮かべていたアイルは、まさに狂気としか形容出来ない姿だった。
「黒竜の血……これで手に入れられたね!アレクサンドラ!」
「ああ、お疲れアイル。さて、目的も達成したし、帰るとするかね。イーナ!あんたはどうするんだい?」
アレクサンドラも何も気にしていないといった様子で、アイルに返答をしたあと、私に問いかけてきた。アレクサンドラの問の意味、それは、私が空席になっている白の十字架の第10使徒の席に座るかどうかと言った事であろう。
「イーナ様?どういうことなのですか?」
アレクサンドラの言葉を聞いたルウが、震えた声で問いかけてくる。リンドヴルムもすっかり冷静さを失って、私の胸ぐらを掴んで、今までに見たことのないような剣幕を浮かべながら口を開いた。
「おい、イーナ、どういうことなんだ!あいつらはお前の仲間なのか!?」
「……」
私が何も答えられずにいると、さらにリンドヴルムは私を掴んだまま、声を荒げた。
「なんで何も言わない? 一体何を考えている?イーナ!答えろ!」
「君はなんでそんなに怒っているの? さっきまで戦っていた相手じゃない?」
リンドヴルムの神経を逆なでするかのように、アイルが口を挟んでくる。悪気がないのは、私もわかっていた。だがそれ故に、その無邪気さ故に、その言葉もまた、リンドヴルムの怒りを助長したのだ。
「リンドヴルム!待って!」
リンドヴルムは私から手を離すと、そのままアイルに向かって突っ込んでいった。
「もう十分なんだけどなあ…… そんなに死にたいの?」
アイルはやれやれといった様子で、収めていた大剣を抜き、向かってくるリンドヴルムに向けて身構えた。その時、リンドヴルムの前に、1人の女性が立ちはだかった。アレクサンドラである。
「やれやれ、あんた達、少し冷静になりなさい」
アレクサンドラが、ぶつぶつと何かを唱えると、リンドヴルムの周囲に風が発生し、そのままリンドヴルムは私達の方へと吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
体勢を立て直したリンドヴルムは、アレクサンドラとアイルの方をにらみつけたまま、動かなかった。
「つまらないの」
「あんたも煽るようなことを言わない!」
「まあイーナ!それに君も!アレクサンドラに感謝するんだね!死ななくて済んだんだから!せっかくの命なんだから無駄にしちゃ駄目だよね」
「全く…… で、イーナどうするんだい?私達と一緒に来るのか?それとも来ないのか? もう結論は出ているんだろ?」
再び、アレクサンドラは私に問いかけてきた。ルウもリンドヴルムも、私の方をじっと見て、動かなかった。
「イーナ様……」
白の十字架、奴らを止めるために、奴らに近づくというのは確かに合理的ではある。近づいてしまえば、もっと詳しく奴らの動態を探ることが出来るというのは間違いは無い。だけど……
龍神の剣に手をかけ、そのまま2人に向けて、抜いた剣を伸ばす。
「アイル、アレクサンドラさん、悪いけど交渉は決裂だよ。あんた達のやり方は間違ってる」
アレクサンドラはあきれたような様子で、私に向けて言葉を返す。
「そうかい、残念だよ、あんたのこと結構気に入ってたんだけどねえ」
「私だって、こんな事でも無かったら……」
もし、彼らが黒竜の血なんて狙っていなかったとしたら、何も知らずに仲良く出来ていたかもしれない。不老不死の力……?そんなものあるわけない。所詮黒竜だろうが、なんだろうが血は血にすぎない。そんなバカみたいな幻想のために、私は仲間を悲しませることなんて出来ない。
「じゃあさ、じゃあさ、もうイーナは敵って事だよね?」
今までに見たことのないような狂気の笑顔を浮かべながらアイルは静かに大剣をこちらに向けて構えた。来る……!
「やれやれ…… 本当にあんた達は…… アイル帰るよ!面倒事はもう終いだ」
「先に帰ってても良いよアレクサンドラ! 僕はイーナと遊びたいんだよ」
「まあ血さえ手に入れば良いからね、あたしゃ帰るよ。もう知らんからね」
そのまま立ち去っていくアレクサンドラを尻目に、アイルは大剣を構えながら、私に向かって口を開いた。私のアイルのその姿に、恐怖にも近い感情を抱いていた。一体何なんだこいつは……
「イーナ!やっと君と戦えるときが来たんだね!もう邪魔する者はいないよ!存分に死合おうじゃないか!」




