131話 黒竜の弱点
「なんだぁ!? ファフニールの所の小娘か……?」
「妙な奴もいる…… あの力は一体……?」
ヨルムンガルドもガルグイユも決して攻撃を加減したわけではない。完全にリンドヴルムを仕留めにいった攻撃であった。図らずも、2人の攻撃はコンビネーションが取れており、いつも以上に威力が出ていたのは確かである。それを、同じ黒竜とはいえ、まだまだ彼らに比べれば、実力は劣っているルウと、見たこともないなぞの少女に寄って妨げられたのである。戸惑ってしまうのも無理はなかった。
「イーナどうして!?」
「ファフニールさんに止められたけど……!やっぱりリンドヴルムの事放っておけなくて…… ごめん!」
「私はファフニール様の命でイーナ様を乗せているだけです」
「謝るな、2人がいなかったら、今の攻撃で俺はやられていただろう。イーナ!ルウ!感謝する!」
――それにしても……
リンドヴルムは信じられなかった。ルウが、イーナと共にここに来たと言う事が。スウとルウは、ファフニールに対して従順を誓っている。いくら命令であるとは言え、ファフニールのそばを離れて、行動しているルウを、リンドヴルム自身見たことがなかったからである。
「リンドヴルム!2人を止めるって何か考えはあるの!?」
「見ればわかるだろう!実力行使だ!」
ヨルムンガルドもガルグイユも、こちらの話を聞いてくれて、はいそうですか、なんて素直に引き下がるタイプではないだろう。そもそもそれなら、こんな滅茶苦茶なことになんてなってない。
「やるしかないってことね!了解!ルウ頼むよ!」
「加減はしませんよ。振り落とされないように捕まっていて下さい」
ルウはまだ実力こそ、四龍には及ばないと言え、流石黒竜である。先ほど一緒に発動した魔法だって相当な威力であった。これなら四龍相手とはいえど、渡り合える、そう私は確信していた。
そんなやりとりを眺めながらヨルムンガルドは口を開いた。
「なんかめんどくせえことになってきやがったな。せっかくのガルグイユとの楽しみをこうも邪魔されるとは……」
同調するようにガルグイユも呟く。
「同感だ、リンドヴルムは置いておいて、あの女……黒竜でもないくせに、俺達と対等に張り合う気だぞ……」
「面白くねえなあ…… ああ面白くねえ…… どうだ、ガルグイユ!向こうが手を組むってんなら、俺達も戦いの前に一緒に奴らを吹っ飛ばすって言うのはよお!?こうも俺達の神聖な戦いに茶々が入るってのも、興ざめだろ?」
「珍しい事もあるものだなヨルムンガルド。俺もまさにそう思っていた。お前との決着はあとだ。先に邪魔者を片付けるとするか」
なんか、思っていたのとは違う展開になってきたぞ…… まさかヨルムンガルドとガルグイユが共闘する事になるなんて……
「火炎弾!」
「水龍弾!」
即座にヨルムンガルドとガルグイユは私達の方に向けて炎と水のコラボレーションで攻め立ててきた。無数に飛んでくる炎と水は、流石に魔法でも完全には対処しきれないだろう。どうする?
「雷鳴之刻 三式!」
私とルウが反応する前に、リンドヴルムの声がこだました。目の前はまばゆい閃光に包まれ、視界が遮られる。よく見ると、無数の雷が飛んでくる炎や水に放電を繰り返し、その攻撃を無効化していく。圧倒的な光景を前に、私もつい、あっけにとられていた。
「リンドヴルム……リンドヴルムも相当な化け物だよね……」
私のあきれたような口調にもかかわらず、リンドヴルムは鼻高々に得意げな表情を浮かべていた。明らかに、リンドヴルムの力が強くなっている。それはヨルムンガルドとガルグイユも感づいていた。
「その三式って何ですか。リンドヴルム様?」
ルウの冷たい口調に、リンドヴルムははっと我に返り、照れるような口調で説明を行った。
「い、いや……三式ってつければ……カッコイイかなと……思ってな……前から夜な夜な考えていたのだ……」
「そうですね…… かっこいいですねリンドヴルム様」
声色一つ変えずに淡々と返すルウとリンドヴルムのやりとりについつい私も戦闘中にもかかわらず笑みを浮かべてしまう。きっと、この子達なら、平和な関係を築いていける…… だからこそ、この下らない争いを止めなければならない。
それからも次々と繰り出されてくるヨルムンガルドとガルグイユの遠距離攻撃を魔法や、ルウの飛行能力で何とか回避していたが、一向に埒があかない。防戦一方ではだめだ。こちらからも何か手を打たねばなるまい。
そもそも、なんで遠距離攻撃しかしてこないのか…… 私はルウの背に乗って思考を巡らせていた。思えば、リンドヴルムもそうだし、シータだってそうだ。ドラゴンの戦い方は、遠距離攻撃が中心で直接ぶつかり合う所はそんなに見たことがない。
もしかして……
私はさらに思考を巡らせる。必死に今までの戦いを振り返ってみる。どうだ…… シータの戦い、近距離戦では必ずと言って良いほど人の姿で行っていた。そう、身体が大きく、大技が多いため、その分近距離での立ち回りが苦手なんじゃないか……
「ルウ、接近戦だ!私を奴らのそばまで連れて行ける!?」
「無茶を言いますね…… ドラゴンの戦いは、敵を近寄らせない戦い…… どうやってこの攻撃の中を近づくって言うのですか……?そんな事出来るのならもうとっくに勝負はついてますよ」
やっぱり…… 接近戦に持ち込めば、こちらの方が小回りがきく分チャンスがある。ならどうする?どうすれば近寄れる?
こんな時、大神の風切でも使えたなら…… そんな事を一瞬考えたが、無い物ねだりをしても仕方が無い。私の力の中で出来る可能性を必死で探るしかない。まだルウとリンドヴルムが敵の攻撃を防ぎ切れている間に……
炎の術式…… そんなもの使ったところで、ドラゴン相手じゃ、火傷も負わせられないだろうし、何せヨルムンガルドの炎の前じゃ、無力にもほどがある。
氷の術式…… 魔法ならこっちだろう。どの位通用するかはわからないけど……
あとは……
透視…… そんなのしたところで、無駄だパス!
次の手を考えては捨て、考えては捨て、必死にヨルムンガルドとガルグイユへと至る道を探し続ける。これも駄目だ。これも駄目だ……
「イーナ様……?」
イーナの身体に起こっている異変に真っ先に気が付いたのはルウであった。完全に思考に集中しているイーナの目は、先ほどまでとは異なり、怪しく赤く光っていた。
「これは…… 一体……?」
「イーナ!ルウ!」
突然に、リンドヴルムの声が響き渡った。ルウが目の前に目をやると、目の前まで炎の弾が迫っていた。
――まずい…… 回避が……
「まずは一匹!」
ヨルムンガルドは反応が遅れたルウの様子を見て、命中するのを確信していた。
そして、同じく私も、リンドヴルムの声で思考の世界から、現実へと戻ってきた。大きな炎の弾がこちらへと近づいてきている。だが、先ほどまで凄まじいスピードで飛んでいたヨルムンガルド達の攻撃が、今の私の目にはスローモーションのように写っていたのだ。
――間に合え……!
すぐに私は背負っていた龍神の剣に手をかけ、ゆっくりと飛んでくる炎に合わせて、魔法の力を乗せた斬撃を放った。
「氷の術式! 氷柱切り」
こちらに近づいてくる火の玉に的確に魔法を併せていく。剣から放たれた魔法は、ルウに命中するであろう範囲の火炎弾のみを的確に無効化していく。
広範囲ならば対処は間に合わないけど…… このくらいなら間に合う!
完全に命中することを予期していたルウは、驚きで身体がすくんでしまい、動くことができなかった。だが、またそのお陰で、飛んできた魔法にあたることはなかった。気が付くと、ルウの身体のすぐそばを、轟音を立てながら炎の弾が通過していった。ルウの理解が追いついたのはさらにそのあとのことであった。
「一体何が…… 今のは確かにあたったはず……」
「おい!なんであいつは無傷なんだ!確かにあたっただろう!?」
ヨルムンガルドも何が起こったのかわからないと言った様子で、叫ぶ。その光景にガルグイユもリンドヴルムも動きを止め、ルウと、その上で剣を抜いていた少女に目を奪われていた。
皆の視線の先、其処にいた少女の目は、今にも地獄にでも引き込まれそうなほどに、怪しく赤く輝いていたのだ。




