130話 主人公は遅れて登場するものです
天上の台地。神なる山ル・マンデウスの頂点にして、歴代の黒竜達による争いが繰り広げられてきた地。元々は、黒竜の始祖が拠点としていた場所でもあり、黒竜の中でも真なる王のみがそこに立つことが出来ると言われている場所。
周囲は暑い雲に包まれ薄暗く、時折なる雷だけが台地を明るく照らしていた。そして今、天上の地で相対していたのは、黒竜の王たる資格を持った2人の黒竜であった。
「おい、ガルグイユゥッ!決着をつけようじゃないか。もはやファフニールは邪魔をしてこない。お前を倒し、あのふぬけ共を屈服させ、俺は始祖と同じ存在となる」
「どの口が言っているヨルムンガルド、この地に立つのは俺1人でいい」
「へっ、お前のそういう所が気に入らないんだ。冷静ぶりやがって」
「お前こそ、常に暑苦しいんだ」
2人の間に緊張が走る。いよいよ、戦いの火蓋が切られようとしていた。
何とも言えない空気の中、先に動いたのはヨルムンガルドの方であった。
「火炎弾!」
ヨルムンガルドの口から、大量の火の玉が吐き出され、轟音と共に、凄まじいスピードで、ガルグイユに向かって飛んでいく。だが、ガルグイユは少しも焦る様子もなく、冷静に対処を行った。
ガルグイユによって目の前をなぎ払うかのように吐き出された水は、ガルグイユの前に大きな盾のように立ちはだかり、飛んできた火炎弾を全て受け止めていた。蒸発する音を上げながら、消えていく火炎弾を目に、ガルグイユは不敵な笑みを浮かべ、ヨルムンガルドに向けて口を開いた。
「今度はこちらが行くぞ」
そう言って、ガルグイユは溜めるような動作を行うと、そのままヨルムンガルドに向かってレーザーのように水を吐き出した。それをひらりとかわし、ヨルムンガルドはその巨体を宙に浮かせ、口を開いた。
「ああ、もうこんなしゃらくせえ事やってられねえな。直接ぶつかろうじゃないか。ガルグイユよ!」
その言葉にガルグイユも同調し、宙へと巨体を浮かせた。
「埒があかんな。それもいいだろう」
お互いに次に何が起こるか理解していた。いよいよ本格的なぶつかり合いの時である。ヨルムンガルドとガルグイユ、2人はお互いに向けて、それぞれの名を叫びながら一気に突っ込んでいった。
「ガルグイユゥゥゥゥ!!」
「ヨルムンガルドォォォォ!」
「雷光之舞」
その言葉と共に、2人がぶつかり合おうとしていた天上の台地の中央に数多の雷が振ってきた。突然の光景に、2人は思わずたじろぐように動きを止めた。そして、2人は声のした方へ視線をずらしたのだ。
その視線の先、そこにはもう1人の資格を持つ者、リンドヴルムの姿があったのだ。
「おいおい、どんな風の吹き回しだリンドヴルム?お前も来るなんてよぉ?」
「お前達を止めに来た。ファフニールに代わって」
「へっ、お前俺達の中で一番弱いくせに良くそんな事が言えたもんだぜ 」
ヨルムンガルドは余裕そうに笑顔を浮かべながら、吐き捨てるかのように言い放った。ヨルムンガルドの言葉に同調するようにガルグイユも口を開いた。
「まあ良い、ここでお前達を倒せばもうそれで終いだ。手間が省ける」
「何余裕そうな口をかましてんだ!てめえ!」
ガルグイユの挑発とも言える言葉に、ヨルムンガルドはすっかり乗せられてしまったようで、ヨルムンガルドの身体の周りを一気に火が包んでいった。
「めんどくせえ、最初からフルパワーでいってやる。三竦みか、面白いじゃないか!」
ヨルムンガルドの本気を見た2人も、一気に臨戦態勢へと移った。ガルグイユの周辺には、地中から浮き出てきた水滴が無数に浮き、際限なく鳴りひびく雷を背に、リンドヴルムもまたその時が近づいているのをひしひしと感じていた。
「行くぜ!」
お互いの攻撃がぶつかり合った瞬間、周囲は閃光に包まれ、少し遅れた後に爆発音が天上の台地にこだました。
その閃光と、爆発音は、天上の台地のみならず、それぞれの里にも届いたようで、黒竜の民達は、今山の上で行われている決戦の行く末を見守るしかなかった。
「遂に始まってしまったか……」
ファフニールは、ル・マンデウスの頂上を眺めながらぽつりと呟いた。その横でルカとナーシェも心配そうに雲に包まれた頂上の方向を見ていた。
「あんなのどうするっていうの……イーナ様……」
「大丈夫、ルカちゃん、イーナちゃんとリンドヴルム君を信じましょう」
不安に包まれるルカを何とか励まそうとしたものの、一番不安に苛まれていたのはナーシェであった。ルカだけでなく自分自身を説得するように言った言葉ではあった。
だが、そんな2人に向けてファフニールは笑顔で言葉をかけた。
「大丈夫だ。今のリンドヴルムは強いぞ。それに、イーナ。あいつは、黒竜に劣らない力を持っている。心配はいらない」
………………………………………
「面白くなってきたじゃねえか!やっぱり戦いはこうでなくちゃなあ!」
ヨルムンガルドは激しいぶつかり合いを楽しむかのように笑みを浮かべながら叫んだ。
大技のぶつかり合い。純粋な力と力の比べあい。ヨルムンガルドとガルグイユは戦いをひたすらに楽しんでいるかのようにすら見えた。
だが、ただ1人リンドヴルムだけは違った。彼は最初から戦いを楽しんでなど、いなかった。2人の衝突をやめさせたい。その一心だけで行動していたが、リンドヴルムが動けば動くほど、2人は戦いに悦びを憶え、さらに激しさを増していく。そんな状況がもどかしくてたまらなかったのだ。
――やはり、俺はファフニールのようにはなれないのか……
そう考えたリンドヴルムに生じた隙、それを2人は見逃さなかった。
「まずはお前だリンドヴルム。なかなかに腕を上げたようだが……」
「あばよ!!リンドヴルムゥ!!!」
ヨルムンガルドとガルグイユは、リンドヴルムに向かってほぼ同時のタイミングで攻撃を繰り出した。轟音を上げながら迫ってくる炎と水の攻撃に、すっかりリンドヴルムは反応が遅れてしまったのだ。
「まずい……!雷……」
「氷の術式、雪月花!」
「氷雨!」
リンドヴルムに向けられた攻撃に、無数の氷が飛んでいく。再び激しい爆発音が鳴り響き、周囲は白煙に包まれた。
「一体何が……」
リンドヴルムが声のした方を振り返ると、そこには彼らよりも一回りか二回り小さな黒竜と、その上に乗る、よく見知った少女の姿があったのだ。
「イーナ!?それにルウ!?」
「リンドヴルム助けに来たよ!一緒にヨルムンガルドとガルグイユを止めよう!」




