129話 バカにつける薬はない
私の前には、1人の少女が立ちはだかっていた。私よりも幼く見える少女は、その見た目とは裏腹に、底知れぬ力を秘めているようにすら感じられた。
「ファフニールさん、どうしても私を止めるというのですか?」
「ああ、それがリンドヴルムとの約束だ」
「それでも行くと言ったら……」
「力尽くでもとめます」
私の言葉に、そう冷たく言い放ったのは、ファフニールではなく、ルウであった。相変わらず、ルウは私に隙を見せないような様子で、臨戦態勢を崩していなかったのだ。
「やめなさい!ルウ!イーナ様に何をしているの?」
私の背後から、突然に、また別のものの声が聞こえた。おそらく、騒動を聞きつけてここへやってきたのだろう。扉の所には、ルカとナーシェ、そしてスウが立っていた。
「ファフニール様の命令です」
一瞬、ルウは、その声に気を取られたようだったが、すぐに私の方に視線を戻し、冷たくそう言い放った。私は、平静を装いながら、ファフニールに向かって言葉を放った。
「ですが、ファフニールさん、ここで私を傷つければ、あなたの治療が出来なくなる。そうなれば、もっと状況は悪くなる……」
私の挑発とも言える言葉に、ファフニールは顔色一つ変えることなく、淡々と私に語りかけてきた。
「イーナ。何故そこまでして、リンドヴルムの元へ向かおうとする?まずもって黒竜の騒動などイーナには関係の無いことだ。それに、ヨルムンガルドとガルグイユの間に挟まれば、無事では済まないぞ。お前を失えば、お前の国はどうなる?どっちが得策か考えた上での結論か?」
「ファフニールさん、一時的にとはいえ、リンドヴルムは私達の国で共に過ごして、私達と共に戦ってくれた。私は皆を家族同然だと思っています。家族1人守れずに見捨てるというのは、国の代表として失格だと思います」
私の言葉に、再びファフニールは冷静に問いかけてきたのだ。
「それが、リンドヴルムの覚悟に背くものだとしてもか?」
私はミドウを守れなかった。私に力が足りなかったから。あのとき、確かに私はミドウを見捨ててしまったのだ。ミドウの覚悟を無駄にしないと言いつつも、甘えてしまったのだ。その結果、アマツに悲しい思いをさせてしまった。
もう、目の前で家族を失うところは見たくない。私を突き動かす理由なんて、それだけで十分だ。
「私は、リンドヴルムもファフニールさんも、それにヨルムンガルドもガルグイユも全員助けます。欲張りだと言われようが、なんだろうが、助けてみせます。モンスターを助けるというのが、私の役割ですから」
ファフニールの元へ近づく私に、ルウは警戒するように身構えた。だが、そんなルウを静止するように、ファフニールは口を開いた。
「もういい、ルウ」
ファフニールが何処か諦めたような様子でそう言うと、先ほどまで感じていたルウの殺気も一瞬で何処かへと消え去った。
「ファフニール様……」
「これ以上は無駄だ。何を言っても変わらない。こいつもリンドヴルムと同じくらいの馬鹿だ」
「イーナ様に対して……」
「ルカちゃん、大丈夫よ」
ファフニールの言葉に、ルカが少しムキになった様子で何かを言おうとしたが、すぐに優しい笑みを浮かべたナーシェによって抑えられた。ファフニールはそのまま、私から視線を逸らすことなく、言葉を続けた。
「イーナ。そこまで行きたいというのなら、好きにしろ。だが、2つ、私と約束してくれないか?」
「約束?」
「一つは、必ず無事に帰ってきて私の治療をすると言うこと。そして、もう一つはリンドヴルムを無事で連れ帰ってくること。いいな?」
先ほどまでとは打って変わって、ファフニールはあきれたような、だが優しい笑顔を浮かべながら、私にそういったのだ。
「ファフニールさん……」
「ルウ、イーナを助けてやれ。どのみちリンドヴルムの元に行くには黒竜の力が必要だ」
「わかりました、ファフニール様」
ルウはファフニールに向けて頭を下げると、そのままひょこひょこと私のそばに寄ってきた。さっきまで殺意を向けていたとは思えないような変わりように、私も少し拍子抜けしてしまった。
「ファフニールさん、ありがとうございます!」
「全く、お前は医者だというのに……自分につける薬はないではないか……」
「イーナちゃん!ファフニールさんの事なら任せて下さい。私とルカちゃんがついてます!」
「イーナ様!リンドヴルムの事!頼んだよ!」
ナーシェとルカは私に向かって力強くそう叫んだ。2人に任せておけば、ファフニールのことは大丈夫だ。それよりも、私を信じてくれる仲間達の為に、その思いを無駄にしないように、私も全力を尽くさなければならない。
「イーナ様、ファフニール様の命により、これよりこのルウ、あなたと共に行きます。何なりとお申し付け下さい」
「ルウ、ありがとう、一緒にリンドヴルムを……黒竜を助けにいこう!」




