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128話 始祖と呼ばれる存在


 温かい日差しに包まれ、私は、ベッドの上で目を覚ました。


「ん……朝……」


 私1人には広すぎるくらいの部屋で、薄ぼけた意識の中、昨日起こったことを思い出していた。そうだ……ナーシェ……


 ささっと身支度を済ませ、私はナーシェの元へと向かおうと、扉へと手をかけた。まだ静かな家の中で物音を出来るだけ立てないように、慎重に扉を開くと、部屋の外ではメイド服のような衣装に包まれた少女が1人たたずんでいた。


「ルウ……?」


 スウとルウは見た目はそっくりだが、よく見ると小さな違いが見分けられた。左の頬に小さなほくろがある女の子、それが今、目の前にいるルウであった。


「よくわかりましたね。イーナ様」


「朝起きるのが早いんだね。ルウは」


「ルウは、ファフニール様のお役に立つために、ここにいますから……時間を無駄にするわけにはいかないのです」


 よく見ると、ルウの傍らには掃除道具が並べられており、廊下や壁もすっかり綺麗に手入れがなされていた。私が起きる前には全て終わっていたのだろう。だが、辺りを見回してももう1人の女の子の姿はない。私は、もう1人の女の子について、ルウに尋ねたのだ。


「スウは?」


「スウは、朝が少し苦手ですので…… 朝の支度はルウの仕事なのです」


 スウとルウ、2人とも全く隙がないように見えたが、そう言われると、何処か人間……ではないが、人間らしい一面が見えたようで、私はつい、ふふっと笑ってしまった。それはルウにもわかったようで、ルウが無表情のまま、私に問いかけてきた。


「何がおかしいのですか」


「いや、朝が弱いって……意外な一面もあるんだなあって……」


「誰にだって苦手な部分はあるものです。私達は2人で1つ。足りない部分は補い合えばいいのです。それよりもイーナ様。ファフニール様がお呼びです。お支度が出来ましたら、応接室まで来て頂きたいとのことです」


 ナーシェの事も気にはなったが、ルカがついていてくれれば、大丈夫だろう。ファフニールやルウ達には、ここに来てから大変お世話になっている。後回しにするというのも失礼な話である。


「わかった。ありがとうルウ。すぐに行くよ」


 ルウに従って、応接に行くと、ファフニールがすでに身支度を終わらせて、私の到着を待っていた。


「おはよう、イーナ。昨日はよく眠れたかな?」


「とても快適に過ごさせて頂きました。感謝しております」


 私の言葉に、ファフニールは笑顔を浮かべた。


「昨日も言ったが、私達の一族以外の来客というのは本当に珍しいんだ。私達もとても楽しかったよ。改めて、こちらからも礼を言わせてもらいたい」


「礼なんて……そんな…… こちらこそ、せっかくのパーティを台無しにしてしまって……」


「気にするな。それよりも早速で申し訳ないが、本題に入ろう」


 ファフニールは、先ほどまでの柔らかな笑顔とは打って変わって、真剣な表情で口を開いた。


「イーナ。単刀直入に聞きたい。イーナの国に行ったら、私のこの病を治すことが出来るのか?」


 ファフニールは、私の目を真っ直ぐなまなざしで見ていた。こうなったら、回りくどいことを言っても仕方が無い。私も真っ直ぐにぶつけるだけである。


「必ずとは言えません。ですが、全力は尽くします。一つだけ確信を持って言えるのは、私達の国で提供できる医療。それはこの世界でいちばん進んだ医療である事は間違いありません」


「大した自信だな。何故そう言えるのだ?」


「それは…… 先人達が積み上げてきた知識。そして、ナーシェやルカ、ルイやレーウェンと言った仲間達の存在があるからです。彼らは天才です。ただ皆が積み重ねてきた知識に頼っている私なんかよりも。そんな彼らが日々切磋琢磨して技術を磨いています。だからこそ私は確信を持って言えるのです」


「そうだな、野暮なことを聞いてすまなかった。なるほど、リンドブルムも変わるわけだ」


 ファフニールはフッと笑みを浮かべた。ファフニールの言葉に私はふと、リンドヴルムの事を思い出した。昨日ルウと一緒に部屋を出たが、ファフニールとリンドヴルムは2人でなにやら話を続けているようだった。あのあと、リンドヴルムはどこに行ったのだろうか?


「ファフニールさん、リンドヴルムは……」


「ああ、やつなら昨日の夜にここを離れた」


 ここを離れた?でもいったいどこへ……?私達を置いて自分の家に帰ると言うこともないだろうし…… そして、私は一つの仮説へと行き当たった。


 まさか……?


「他の龍……ヨルムンガルドとガルグイユの元へ……?」


 ファフニールは再び真剣な表情で、私の問に答えた。


「奴らは小競り合いを繰り返していてな。そのたびに、私が何とか間を取り持つことで、場は収まっていたのだが……私も今や満足に動けまい。そして、今回はちょっとやっかいなことになかなか大きなぶつかり合いになりそうなのだ……」


「大きなぶつかり合い……?でもなんで?それこそ戦わせておけば……」


「イーナ。奴らはそんな生やさしいものじゃない。奴らは私達やリンドヴルムとは違う。リンドヴルムは……ただのバカだが…… 奴らは自分の力の事にしか興味の無い連中だ。せっかくだから、ちょっとした昔話をきかせてやろう」


 ファフニールはそのまま静かに語り出した。


「そもそも、何故、私達黒竜が4つの一族に分かれ、別の場所で暮らしているか。遙か昔、黒竜は一つの一族だった。始祖と呼ばれる黒竜には4人の子供がいたんだ。それが私達の祖先というわけだ。4人の子供の一族は幾度となく争いを繰り広げた。皆、誰が次の始祖になるかと言う事にしか興味が無かったのだ」


「そんな物騒な……」


「だが、争いは互いに傷つく。次第にお互いに疲弊していった私達の祖先はお互いに取り決めをかわしたのだ。離れて暮らす代わりに、侵略することをやめようと。結果、しばらくの間、なんとか平和は続いたのだ。だが、今のヨルムンガルドとガルグイユはその取り決めを破って、自らが始祖になるという野心を燃やしている」


 ファフニールは淡々と話を続けた。


「リンドヴルムはリンドヴルムなりに考え、どうすれば場を収められるかと行動していた。イーナの所に行ったのもそうだ。モンスターの王となったイーナの力を手にすれば、奴らも従わざるを得ないと。バカみたいな発想ではあるが…… だが、やつはいっていた。イーナ達の国でいろいろな種族のモンスターが手を取り合って暮らしている。その中心にはイーナがいて、常に皆のために動いていたと。俺も黒竜のあり方を変えるために、自らの力で動かねばならないと」


 リンドヴルムが神妙な面持ちで、私達の元を離れたのも、そういうことだったのだろう。しかし、気になることがある。どうして、今までそんなに険悪な関係だったのにも関わらず争いが起きなかったのか。ファフニールは私の疑問を見透かしたかのように口を開いた。

 

「自慢じゃないが……私は力だけなら、4人の中でも1番強い。だからこそ、奴らも従わざるを得なかった。だが私がこうなってしまった今、奴らを止める術はなくなってしまったのだ。だからこそ、今度のぶつかり合いは本格的な殺し合いになるだろう」


 突然、リンドヴルムが私の元に来たのも、ファフニールの力が弱っていたからであろう。


「それで…… 動けないファフニールさんの代わりに、リンドヴルムが仲裁にむかったと……?」


 すると、今度は、ファフニールに変わって、私の横にいたルウが口を開いた。


「リンドヴルム様からの伝言です。この場はなんとかするから、イーナ様はファフニール様を治せ。この戦いを治めるためには、ファフニール様の力が必要になると」


「リンドヴルム……」


「そういうことだ。だからこそ、私はこの病を治さねばならない」


 だが、ここから、私達の国へ帰って治療するとなれば、時間がかかってしまう。そうなれば、リンドヴルムにも危険が迫ってしまうだろう。少なくとも、ファフニールの病はすぐに処置をしなければ命に関わるといったものではない。ならば……


「ファフニールさん、ごめんなさい!私は、リンドヴルムを放置して帰れない。必ずあなたの治療はすると約束します。だから……」


 すると、ファフニールは先ほどまでの冷静な表情とは異なり、こちらを威圧するような声色で、私に向けて言った。


「だめだ。イーナ。お前をいかせるわけにはいかない。リンドヴルムとの約束だ」


「ですが……」


 なんとかファフニールを説得しようと、私はファフニールの近くに寄ろうとした。すると先ほどまで隣にいたルウが、私の前に立ちはだかった。先ほどまでと異なるルウの鋭い視線に、思わず私もたじろいでしまった。ルウの目から伝わるこの感覚は、まさしく殺気と言えるものであった。


「イーナ様、これはファフニール様の命令です。もし従えないというのであれば、このルウが相手になります」


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『Re:わたし、九尾になりました!』
わたし、九尾になりました!のリメイク版になります!良かったらまたお読み頂ければ嬉しいです!





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