127話 変わりゆくもの
「お客様、お食事の準備が整いました」
「お客様、お食事の準備が整いました」
ファフニールの診察を終え、応接室でゆっくりと過ごしていた私達の元へ、スウとルウがやってきた。スウとルウは相変わらず、表情を一切変えることなく、淡々と口を開いた。
「ありがとう、スウ、ルウ」
「お礼なんていらないです。私達はファフニール様に言われたことをしたまでです」
「お礼なんていらないです。私達はファフニール様に言われたことをしたまでです」
「スウとルウって……すごいね……」
ルカが私の耳元で呟いた。その声はスウとルウにも聞こえたようで、無表情のまま、スウとルウは私達の方に向けて言った。
「スウはすごくなんてありません。ファフニール様こそがすごいお方なのです」
「ルウはすごくなんてありません。ファフニール様こそがすごいお方なのです」
「あいつらはいつもこうなんだ。気にするな」
リンドヴルムがあきれたような表情でぼそっと言い放った。スウとルウはそんなリンドヴルムの様子など気にもとめずに、黙って部屋を出たのだ。私達は、そのままスウとルウについていった。
案内された部屋では、色とりどりの野菜と、何かわからないが肉であろうと思われるものが大量にテーブルの上に並べられていた。テーブルの一番奥には、再び外要の衣装に身を包んだファフニールが座っていた。
「イーナ。ルカ。ナーシェ。そしてリンドヴルム。わざわざ遠いところありがとう。今日は是非、うちでゆっくりして行ってくれ」
「こんな豪華な食事……!すごいです!」
ナーシェは驚いたような様子で叫ぶと、今まで無表情だったスウとルウの口元が少しほころんだ気がした。ファフニールも嬉しそうな様子で、話を続けた。
「いつもスウとルウが作ってくれていてな。だが、あまり来客はないものでな、こうして皆で食卓を囲めると言うのが嬉しいんだ」
「すごいね!スウ!ルウ!料理も上手なんだね!」
ルカが興奮した様子で、スウとルウに向かって言うと、スウとルウは少し照れた様子で、再び冷静に口を開いた。
「そんな事ありません。スウはまだまだです」
「そんな事ありません。ルウはまだまだです」
「うむ、やはりスウとルウの料理は美味しいな!」
リンドヴルムもすっかりスウとルウの料理に夢中になっていた。私達の前にあった、皿に盛りつけられた料理はみるみるうちに減っていった。ふと、私はずっと気になっていた疑問をぶつけてみたくなったのだ。一体、あの正体不明のものはなんなんだろうかと。肉である事は間違いないが、今までに食べたことのないような感覚であった。何処かちょっと野性味の溢れるワイルドな味、そしてしまりのある赤身。ずっと、私の頭の中は支配されていたのだ。
「ねえねえ、これって何の肉なの?」
私が尋ねると、ルカも同じく興味を持ったような様子で、私に続いて言葉を発した。
「ルカも知りたい!今まで食べたことのない感触でなんか面白い!」
答えたのは、ファフニールでもスウでもルウでもなく、リンドヴルムであった。
「これは、ケルベロスの肉だぞ」
――ケルベロス??今ケルベロスって聞こえたけど……
固まったのは、私だけではなかった。ルカもナーシェも先ほどまで皿に伸びていた手がぱったりと止まってしまった。まるで、私達3人の周りの時間が止まっているかのような沈黙が流れた。
もしかしたら、気のせいかもしれない。そうだ、聞き間違いに違いない。私はもう一度、リンドヴルムに同じ問を繰り返した。
「ねえねえ、リンドヴルム、ちょっと聞こえなかったんだけど、もう一回聞いてもいい?ねえルカ?ナーシェ?」
「そ、そうだねイーナ様!ルカも良く聞こえなかったよ!」
「もしかしたら、私の聞き間違いかもしれないですしね!」
「一体どうしたんだ?お前達?お前達も戦ったことがあるだろう?ケルベロスだ。この辺じゃ、肉として貴重なんだぞ」
「け、ケルベロスかあ……」
ま、まあ、お肉である事には変わりないし……
すると、突然にナーシェが席から立ち上がり、口を手で必死に抑えながら、今にも消えてしまいそうな震えた声を上げた。
「ファフニールさん達、ごめんなさい……なんだか、私ちょっと気持ちが……」
「ナ、ナーシェ……?」
必死に部屋を出ようとするナーシェであったが、時すでに遅し。扉にたどり着く前に、ナーシェの周辺はキラキラに包まれたのであった。
………………………………………
「ファフニールさん!スウ!ルウ!本当に申し訳ございませんでした!」
「いやいや気にするな。ここまで人間が来るといったことはなかったからな。見えない疲労がたまっていたのだろう」
果たしてショックからか、たまっていた疲労によるものかはわからなかったが、ナーシェは寝込んでしまっていた。ファフニールの好意で部屋とベッドを用意してもらい、ルカとスウがナーシェのそばについてくれていた。
「ルウ達の料理がいけなかったのでしょうか……」
ルウは先ほどまでとは異なり、すっかりショックを受けてしまった様子で、悲しそうに呟いた。
「ルウ達のご飯とっても美味しかったよ!ありがとう!」
「イーナ達、そういえばケルベロスの肉を食べるのは初めてだったもんな」
リンドヴルムは何も気にとめていないと言った様子で、あっけらかんと口を開いた。
「ナーシェさん、大丈夫でしょうか……」
ルウはナーシェの事を心配するように、静かに言葉を漏らした。きっと、この子達はすごく優しい子なんだろう。そう思うと、自然と私の口元も緩んだのだ。
「ルウ、ありがとうね。ナーシェなら大丈夫だよ。ルカとスウがついてくれているし!」
「ま、まあ色々あったが、今日はゆっくりして行ってくれ。イーナも疲れたであろう。今後のことについては、明日ゆっくり話そうじゃないか」
「ありがとう!ファフニールさん!本当に何から何までお世話になりっぱなしで……!」
私の言葉に、ファフニールは笑顔を浮かべながら答えてくれた。
「なに、礼を言うのはこっちの方だ。楽しい時間を過ごせたしな。それに、私のこの病、原因がわかったと言うだけでも安心したよ。ありがとう、イーナ」
ファフニールがルウの方に目配せをすると、すぐにルウが扉の方に向かって歩き出し、私に向かって言った。
「イーナ様、お部屋を用意してあります。ルウがご案内いたします」
ルウに従って、私はファフニールとリンドヴルムを残し部屋を出たのだ。
………………………………………
「面白い者達であっただろう?ファフニール」
「お前が気に入るわけだ」
2人の間にしばらくの沈黙が流れた。先に口を開いたのはファフニールの方であった。
「……遂に事が動きそうだ」
「ああ」
「お前はどうするリンドヴルム?」
「黙っているわけにもいかないだろう。お前が動けないなら、俺が行く」
リンドヴルムの言葉にファフニールの口元が再び緩んだ。
「やはり、お前は変わったなリンドヴルム」
ファフニールは、大きな窓から夜空に浮かぶ月を見上げながら、そう一言呟いたのである。




