124話 ドラゴンの医者
「イーナ準備は出来たか?」
一通りの診察道具と、必要最低限の装備を背負ったリンドヴルムが、私に声をかけてきた。ル・マンデウス周辺は気流が安定しないと言うことで、いくらリンドヴルムであっても、私達を乗せて安全に飛べる保証はないらしい。だからこそ、乗れる人数も、3人が限界らしかった。
「私は大丈夫だよ!ルカとナーシェはどう?」
「私も大丈夫!いつでもいけるよイーナ様!」
「私もいつでもいけますよ!」
ルカとナーシェは、準備万端という表情を浮かべながら、私の方に向けて言った。あと気になるのは、アイル達の事だが…… まあ、アマツに頼んだし、きっと彼女なら何とかしてくれるだろう。どの位、ここを離れることになるのかは、何とも言えないが、ここに来るといった保証もないし、いつ来るのかわからない未来を心配するよりも、手遅れになる前にファフニールの元に向かう方が良いだろう。
リンドヴルムの背にまたがった私達を、みんなは見送ってくれた。アマツの方に目を向けると、アマツは心配しないでと言った様子で、私に視線でメッセージを送ってくれた。
「リンドヴルム!行こう!ファフニールの所へ!」
「りょーかい!振り落とされないように捕まっていろよ!」
その言葉と同時に、リンドヴルムは一気に地上を離れ、高々と空に舞い上がった。すぐに、周囲を包んでいた雲の中へと入り、里の姿は見えなくなった。耳を突き刺すような風の音の中、私達を乗せたリンドヴルムは、飛行を続けていた。まるでどの方向に進んでいるのかすら、私にはわからなかったが、リンドヴルムを信じていれば大丈夫だろう。残された心配と言えば……
「ナーシェ!大丈夫?」
「な、なんとか!大丈夫です!!イーナちゃんのお陰で!」
ナーシェは、私やルカと違って、いわばただの人間である。私達は神通力の力を使えば、寒さなど平気ではあったが、ナーシェはそうも行かない。幸いにも、ナーシェ1人分を覆うくらいなら、何とか私もその力をコントロールできるくらいにはなっていた。
何とかルカとナーシェの姿、そしてリンドヴルムの背中が見える程度の真っ白な世界をどこまでも突き進んでいく。そして、突然に視界が一気に開けた。
眼下には私達が先ほどまでいた真っ白な雲、そして所々を雲で包まれた巨大な山ル・マンデウスの姿が見えた。周囲は全て緑が生い茂っており、まるで緑の絨毯が地上を覆っているようにすら感じた。その壮大な光景に、すっかり私は魅了されてしまっていた。
「イーナ様!すごい!さっきまでルカ達あの雲の中にいたんだよね!?」
「こうしてみるとなんて絶景なんでしょうか……!世界はこんなにも美しいんですね!」
ル・マンデウスに向かっているとき、シータの背中に乗っていたときは、ル・マンデウスしか目に入ってこなかったのもあるし、こんな周りの風景を眺めるような余裕はなかったが、改めて、山の上の方から見下ろした世界は、今まで見たどんな世界よりも美しく感じられた。初めてシータの背中に乗って、空を飛んだときのあの感動が今まさに蘇ってくるような感覚であった。
「どうだ、イーナ!俺達の所もなかなかにいい所だろ?」
「うん!リンドヴルム!すごく素敵なところだよ!」
リンドヴルムは私の言葉を聞くと、嬉しそうな様子で、まるではしゃぐかのようにスピードを速めた。
「リンドヴルム君!危ないですよ!イーナちゃんが落ちたらどうするんですか!」
ナーシェは少し怖かったのか、リンドヴルムに対してちょっと真面目なトーンでそうリンドヴルムに言った。
「すまんな!ついついテンションが上がってしまってな!」
しばらく景色を眺めるような飛行を続けたあと、リンドヴルムは再び、眼下に広がる雲に向かって降下を始めた。目的であるファフニールの里が近づいているという証でもある。
「イーナ、ルカ、ナーシェ!また雲に入るぞ!これを抜ければ目的のファフニールの所へとつく!」
「了解!」
すぐに視界は再び白に支配された。うねるような風の音が周囲に鳴り響く中、ひたすらにリンドヴルムは降下を続けていった。そして、しばらくの飛行の後に、雲を抜けたと思った瞬間、先ほどまでいた里と同じような風景が眼下に広がっていた。
そう、私達はファフニールの元へとたどり着いたのである。
ゆっくりとリンドヴルムは地上へと降り立っていった。ファフニールの里の皆は、リンドヴルムや、初めて見る私達にも、特に敵意を示すような様子はなく、むしろリンドヴルムの来訪を歓迎しているような様子すら見られた。
「リンドヴルム様!お久しぶりです!今回はどんなご用件で!」
1人の男性が里に降り立った私達の元へと近づいてきた。リンドヴルムと同様、一目ただの人にしか見えないような外見ではあったが、やはり全員黒竜であるらしい。何とも恐ろしい話である。
「ファフニールに会いに来た。ずいぶん調子が悪いと聞いてな。今日は医者を連れてきたんだ」
「はて、医者とは……?」
黒竜達は戸惑った様子でリンドヴルムに対して聞き返した。するとリンドヴルムは誇らしげな表情で、里の者達に言葉を返したのだ。
「ここにいるイーナ!彼女なら長年ファフニールを悩ませていた病を治すことが出来るかもしれない!」
リンドヴルムの言葉に、皆がわき上がった。そして、一気に私達もリンドヴルムと同じように、VIP待遇のごとく歓迎されたのだ。
ここまで期待させて、出来ませんでしたなんて、とてもじゃないが言えない。周りの期待が高まっていくにつれ、私のプレッシャーもだんだんと大きくなっていっていたのだ。
「イーナちゃん……大丈夫ですかね??」
すっかり怖じ気づいた様子で、ナーシェが私の耳元でこそっと呟いた。まあここまで来てしまった以上、今更後には引けない。
「わからないけど、とりあえずやるしかないことはわかったよ……」




