120話 モンスターに囲まれました
初日こそ、皆キャンプも楽しんでいたものの、数日も経つと、皆の中にも疲労の色が見え始めてきた。黒竜の元まで、あとどの位あるのか全く見当もつかない。果たして、近づいているのか、それすらもわからなかった。
「シータ、何かわかる?」
「見た限りでは、周りには何もなさそうだ。もう少し進んでみよう!」
シータに空から周囲を見てもらいながら、進んでいく。ひたすらにそれを繰り返し、私達は気付けば、ル・マンデウスの中腹付近まで来ていたのだ。もはや、シータの目だけが頼りであった。
「それにしても、だんだん霧が濃くなってきたなあ……」
進むにつれて、周りの環境もだんだんと過酷になっていった。気象条件や地形もそうだが、私達を襲ってくるモンスター達の強さも格段に上がっていっていた。
「グルルル……」
「イーナ様!ケルベロス!」
「大丈夫!任せて!」
襲いかかってくるケルベロスに対し、龍神の剣を会わせる。血しぶきを上げながらも、ケルベロスは倒れずに、態勢を立て直そうとしたが、すかさずケルベロスの頭上から、アマツの鉄のような拳が、ケルベロスの脳天を直撃した。
「それにしてもキリがないね~~」
周囲を見渡せば、そこらかしこにモンスターの骨がいくつも散らばっている。油断をすれば、私達もすぐにその骨の仲間入りだろう。
「おい、イーナ!目の前にでっかい崖があるぞ!」
ケルベロスを倒した、私達の元にシータが人の姿へと変身して戻ってきた。シータの話によると、周囲はすっかり崖に囲まれ、行き止まりのようになっているそうだ。
「崖を登っていくって言うのは?」
「見たところ、なかなか難しそうだな。かなり険しい地形になっている。迂回路を探す方が無難だとは思うが……」
私の提案に、シータは少し険しい表情を浮かべながら答えた。地上からでは良く見えないが、空から見ていたシータがそう言うのであれば、信じるのが良いだろう。ここでは、仲間を信じること、それが生き残るために一番重要であることは、この場にいる誰もが理解をしていた。
「仕方が無い。少し戻って、別の道を探そうか……」
そう言って、引き返そうとした時に、私達は、目の前をふさいでいる敵意に気がついた。前にばっかり気をとられていて気がつかなかったが、後方には大量のケルベロスが私達を取り囲むように、こちらを威嚇しながら近づいてきていた。
「イーナ!気をつけろ!すっかり囲まれているぞ!」
アレンの叫びに、皆にも緊張が走る。一体ならば、それほどやっかいな相手でもないが、囲まれた状況で、それも複数のケルベロスを相手にするとなると、また話は違う。
「シータ!上から援護して!私とアマツで下は対処する!」
「わかった!」
「言われなくても~~そのつもりだよ~~」
龍の姿に変わり、空へと舞い上がっていくシータ。そして、その姿を見て、より一層激しく威嚇するような声を上げながら、ケルベロス達はじわりじわりと、こちらに近づいてきた。
「ルート!ルカとナーシェとテオを頼む!」
私が叫んだ瞬間、ケルベロスは一気に、私達の方に向かって飛びかかってきた。
「火の精霊カグツチよ…… 我に炎の加護を与えたまえ……!」
私の周りに無数に浮かんだ炎が、次々とケルベロスに向かって飛んでいった。力任せに神通力を使っていたときよりは、遙かに身体への負担も少ない。
「イーナやるじゃないか!いつの間にそんなに強くなったんだ!」
シータはケルベロスの大群に向かって、空から炎を吐いて私達の援護をしてくれた。アマツも次々と、襲いかかってくるケルベロスを対処しているが、それにしても数が多い。倒しても倒しても、次から次へとケルベロスが湧いてきていた。すると突然に、戦場にアレンの声がこだました。
「おい、イーナ!なんだあいつは!?」
アレンが指を差した方向には、ケルベロスではない、また新たなモンスターがこちらへと向かってきていた。見たものをまるで黄泉の国へと吸い込んでしまうかのような大きな一つ目と、脚がいくつも生えたフォルムはまさに蜘蛛のようであった。
「アラクネ……!伝説に出てくる蜘蛛の怪物です!まさか本当にいるなんて……!」
ナーシェは目を輝かせながら、興奮した様子で叫んだ。
「アラクネ!?またなんだって気持ち悪い奴だなあ……」
だが、そんな事を言っていられる余裕もない。アラクネの吐き出してきた糸をすんでの所で、私はなんとかかわした。アラクネの糸がへばりついた岩は音を立てながら溶け始めていたのだ。
「イーナちゃん!アラクネは強力な毒をもっていると言われています!大地を溶かすような強力な毒を!」
「もっと早く言ってよ!死ぬところだった!」
「イーナ様!ケルベロス!」
ルカの声に、とっさに後ろを振り返ると、私の目前まで、ケルベロスが飛びかかってきていた。
――まず……
しかし、次の瞬間、私の目の前を、今度は赤い閃光が駆け抜けていった。目の前にいたはずのケルベロスの姿は跡形もなく消え去っており、地面も一直線にえぐり取られていたのだ。
「一体何が……」
命拾いをしたことだけはわかった。確かにあの瞬間、私の目の前まで死が近づいていた。
「シータ……?」
足元にはドラゴンの形をした影が1つ、いや2つあった。その影を見た瞬間に、私は何が起こったのかを理解した。そして、すぐに聞き覚えのある声が、私の耳へと届いたのだ。
「イーナ?お前達一体なんでここに……?」
その声の主は、私達が探し求めていたリンドヴルムであった。




