116話 人気者は辛いんです
昨日は皆、遅くまで飲んでいたらしい。まだ、明るくなってすぐの頃、目覚めた私は、キャンプの外へと新鮮な空気を吸いにいった。皆もすっかり眠ってしまっているようで、いつも以上に不気味なほどに静かな朝であった。
「あ、イーナ!おはよう!」
外に出た私を待っていたかのようにアイルが声をかけてきた。昨晩の騒ぎはどこへやらといった様子で、アイルは朝から元気であった。私はまだ、半分寝ぼけた状態で、アイルへと挨拶を返した。
「おはよう…… 朝から元気だね…… 」
「イーナに聞きたいことがあるからね!」
「聞きたいこと……?何?アイル」
わざわざ、こんな朝早くから、二人っきりで話すことなんてあるのだろうかと、少し気にはなったが、いかんせん本題に入ってみないと、何の話題かすらもわからない。ひとまずは、私はアイルの聞きたいことが何か問いかけたのだ。
「黒竜に関してさ!君の友達なんだろ?」
「アイルも信じてくれるの?」
黒竜と友達だなんて、バカみたいな話、正直誰にも信じてもらえないと思っていた。だが、このキャンプの仲間達は違う。アレンもそうだったし、アイルも信じてくれようとしているらしい。私は嬉しかったのだ。
一方で、アイルは先ほどとは打って変わって、目の前でうつむきながら、何かぶつぶつと呟いていていた。もしかしたら、アイルにまずいことを言ってしまったのかも知れない。先ほどまでの無邪気な元気さは全くなくなり、すっかり下を向いてしまったアイルの様子に、私は心配になってしまった。
「アイル……?」
「そうか……本当なんだね……」
「ごめんね何かまずい事言ったかな……?」
だが、顔を上げたアイルは、私が想像さえしていなかった表情をしていた。今までの、無邪気な少年といった様子はすっかり消え去っており、まるで狂ってしまったかのように、高らかに笑いはじめ、背中に背負っていた大剣を、おもちゃのようにくるくると回しながら、アイルは叫んだ。
「そうか……黒竜は本当にいるんだね……!! 悲しいなあ悲しいなあ……君の友達を僕が斬ってしまうことになるなんて……! 君がどんな顔をするのか是非とも見てみたいよ!!」
「何言ってるの……?アイル?」
私も静かに龍神の剣に手を伸ばした。やばい、明らかに狂っている。なんだ?一体アイルは何者なんだ?
「君もなんか面白そうな匂いがするからねえ……初めて会ったときから、斬りあってみたいと思ってたんだよ……!!」
そう言うと、アイルは一気に距離をつめ、近づいてきた後に、私の頭上から思いっきり大剣を振りかざしてきた。アイルの攻撃は仲間に向けた剣ではなく、完全にこちらを仕留めに来ていた。なんとか、二刀で受け流しながら、私は後ろへとかわした。もろに剣で受け止めていたなら、おそらく、思いっきり手が痺れていただろう。流石、モンスターをいとも簡単に一刀両断するほどの実力である。
アイルは再び無邪気に笑いながら、こちらへと話しかけてきた。すっかりその表情は狂気に満ちていた。
「やるねえ……イーナ!楽しくなってきちゃうじゃないか!」
私と、アイルの間に緊張が走っていた。その時、突然、私でも、アイルでもない、別の声が2人の間を引き裂いたのだ。
「何やってる!?アイル!イーナ!」
声の主は、アレンであった。外で起こっている異変に気付いたのだろう。アレンは私とアイルを交互のチラチラと見つめながら、臨戦態勢をとっていた。
「ちっ……興ざめだなあ」
アイルは邪魔が入ったことが気に食わなかったのか、不機嫌そうな顔でアレンを見つめていた。
「おい、アイル一体どう言うつもりだ!?」
「だから、邪魔するなって言ってるの!」
アイルの攻撃の矛先は、私ではなく、アレンに向いていた。アレンに近づいていき、再びその巨大な大剣を振りかざした。なんとかアレンも受け止めてはいるが、防戦一方である。
私もただ、このままアレンがやられるのを黙ってみているだけというわけにも行かない。流石に2対1ならアイル相手だろうが、勝てるだろう。汚い手と言えばそうかもしれないが、今そんな事を言ってる余裕はない。
「炎の精霊カグツチよ……我に力を貸したまえ……!」
私の周りにマナが集まってきた。アレンをサポートしながら、アイルを殺さないように、戦闘不能にする。なかなか難しそうなミッションだが、やるしかない。
「へえ!面白いね!イーナ!君は本当に面白いよ!」
こちらの様子を見たアイルは、狂ったように笑いながら、アレンのことなど見向きもしない様子で、今度はこちらに突っ込んできた。私も迎撃すべく、呪文を唱えようとした。
「炎のじゅつし……!」
「そこまでだよ!2人ともやめるんだ!」
その瞬間、再び私とアイルの交錯を止めるかのようにまた別のものの声がこだましたのである。その声は私にも良く聞き覚えのある声であった。
声のした方を見た私の目に飛び込んできたのは、マルセーヌの街でお世話になった魔法武具屋、アレクサンドラ・ルーミスの姿であった。




