115話 子供達の笑顔は宝物
「もう行っちゃうのやだ-!私ナーシェちゃんともっと遊びたい!」
「また来てね!約束だよ!」
私達が、長老と話をしている間に、ナーシェ達はすっかり子供達と打ち解けてしまったらしい。
「さっきはごめんね……!変な名前なんていっちゃって……」
1人の女の子が、私の元にやってきて、申し訳なさそうに口を開いた。彼女が指しだした手には、色とりどりの花で編まれた小さなミサンガのようなものがのっていた。
「大丈夫だよ!手にあるお花のアクセサリー綺麗だね!」
「うん!ナーシェちゃんと一緒に作ったの!イーナちゃんにお詫びにプレゼントしようと思って!」
「ホント?ありがとう!かわいい!」
思わず目の前にいる小さな女の子を抱きしめそうになったが、なんとか私は食い止めた。いかんいかん事案になってしまう…… あれ?でも今の姿だったら、事案にならないのか……?
「あのね!あのね!エル、ナーシェちゃんから、イーナちゃんの話一杯聞いたんだよ!可愛くて強くてかっこいいって!」
目の前にいる小さな女の子、エルは目を輝かせながら、私の方に興奮した様子で口を開いた。ちらっとナーシェの方を見ると、ナーシェはニッコリとこちらに満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとうね!ごめんね今日は一緒に遊べなくて!またナーシェ達と一緒に来るから、その時は遊ぼう!」
「ホント!?絶対だよ!約束ね!」
そう言うと、エルは小さな小指を私の前へと差し出した。その手に私も、同じように小指を差し出す。
「あー!いいな-!エル!俺もイーナと遊ぶんだ!」
「私も-!!」
約束をしている私達のそばに、他の子供達も寄ってきた。その光景をアレンや仲間達も優しそうな表情で眺めていた。
「じゃあ、今日はそろそろ帰らなくちゃ!あんまり遅くなると、暗くなってきちゃうし!」
村を去る私達を、子供達はずっと手を振りながら見送ってくれた。静かな大地に、元気な子供達の声がこだましていた。
「ばいばーい!また来てね!」
「イーナちゃん約束だよー!」
「ばいばーい!みんな!」
ナーシェも村の方を振り返りながら、大きな声を上げて、手を振りながら歩いていた。私は、歩きながら自分の手首につけた花飾りを眺めていた。エルが私にプレゼントしてくれた花飾りである。
「おう、イーナ!良かったな!素敵なプレゼントじゃないか!」
そんな様子を見ていたアレンが私に声をかけてきた。
「ね、絶対また来なきゃ!約束もしたし!」
「それにしても、お前が本当にその……リンドヴルムって奴と、黒竜と友達って言うのには驚いたぜ。まさか本当にいるとはな」
「アレンは信じてくれるの?」
「まあ本当か嘘かなんて、俺にはわからないけどよ。冒険者だったら、信じる方がロマンがあるってもんよ。いるって思った方が楽しいじゃないか!」
「素敵な考え方だと思うよ!」
本当に、アレンは良いやつだと思った。こんな、出会ったばかりのよくわからない私の言葉も信じてくれようとする。
「お前、本当にあの山に行く気か?ル・マンデウスへ……」
だからこそ、アレンは私を本気で心配してくれているのだとわかった。ル・マンデウスへ向かうということが、どういうことを意味しているのか。それを一番理解しているのは他ならぬアレンであろう。
「イーナちゃん、なんなんですか?そのル・マンデウスっていうのは?」
ナーシェの問いかけに、私は遙か彼方に広がる山々の方を指し示し、答えた。
「あの遙か彼方に見える雲で覆い隠された山。アレがル・マンデウス。あの山の方向にリンドヴルムはいるかもしれないって」
「だけど、別名死の山って呼ばれてるらしくて~~まあ、名前からわかるように帰ってきたものはいないらしいよ~~」
アマツの補足に、ナーシェも言葉を失ってしまった。無理もない。私も最初にその言葉を聞いたときには、美しくそびえる山々に恐怖に近い感情を覚えたのだから。まるで死神が手招きしているかのようにすら感じられたのだから。
正直、私の心は揺れていた。私1人なら行くと言う決断も出来ただろう。だが、命の保証は出来ないとまで言われて、果たして行くと言う選択をしても良いものなのだろうか。今の私には背負っているものも沢山ある。私が判断を間違えれば、先日ルカを傷つけたしまったように、今度は誰かが命を失ってしまうことになるかも知れない。
「もうちょっと、考えさせて」
それほどまでに、ル・マンデウスは荘厳と大地に座していた。人々の侵入を拒むかのように。
キャンプについた頃にはすっかり日も傾きかけていた。なんとか暗くなる前に帰ってこれたのだ。私達の帰りをキャンプの仲間達は温かく迎え入れてくれた。
「おう、アレンさん!イーナ達!おかえり!無事で何よりだ!」
皆の中に、アイルの姿はなかった。私はこそっとアレンへと問いかけた。
「アイルは?何処か出かけてるの?」
「あーあいつはな、このキャンプに探し物があるとか言って来たんだ。昼間は何処かへ調査かなんかに行っていて、暗くなった頃にいつも1人帰ってくるんだよ。何をしているのかは俺達もよくわからんが、まああいつなら大丈夫さ」
「ふーん探し物かあ……」
私達の歓迎会の時に、アイルがここにいる理由はいずれわかると言っていた。何かを探しているのか、そんな事を考えていると、キャンプに向かって、人影が近づいてきた。
「ただいま!みんなー!」
「アイル!」
アイルは無邪気な笑顔のまま、私達の輪の方へと近づいてきた。そして、私に気付いたアイルは、こちらに話しかけてきた。
「あ、イーナ!リオンの村に行ったんだよね?何かわかった?」
「うん、遙か彼方にそびえるル・マンデウス…… あの麓に黒竜がいるらしいね……」
「そっか!ル・マンデウス!別名死の山と呼ばれる場所…… それでその話を聞いたあとでも、イーナは行こうと思ったのかい?」
アイルは笑顔を向けたまま、私に問いかけてきた。言葉に詰まった私の元に、すでに酒を手に、すっかり陽気になったアレンが近寄ってきた。
「おう、アイルじゃないか!今日も無事だったようだな!」
「アレン!お疲れ!イーナ達とリオンの村に行ったんでしょ?どうだった?」
「驚いたことばかりだけだったな!イーナと黒竜が友達だって聞いたときには、流石に信じられなかったぜ!」
「イーナと黒竜が友達?まさか!冗談でしょ!」
「それが……本当らしいんだ……! ………」
「………!」
すっかり、アレンとアイルは話で盛り上がっているようだ。その中で、私はずっと考えていた。ここまで来たからにはいかないと言うのはもったいない。だが、私の選択で、皆を巻き込んでしまって良いものなのだろうか。
「おーい!イーナ!そんなところでなにぼーっとしてるんだ!こっちへ来いよ! 」
すっかり盛り上がったキャンプの仲間達が私を呼ぶ。その声に誘われて、私は皆が盛り上がっている輪の方へと向かった。




