112話 追い求めるもの
あれからルカは、元気に振る舞ってこそいたが、やはりショックは隠せない様子であった。そのまま、私達はベースキャンプへとたどり着いたのだ。森を抜けると、広々とした平原に、ぽつりぽつりと簡素な家が建ち並んでいた。中心には黄色いテントを張った、大きな集会場のようなものも見える。まるで先ほどまでの命のやりとりが嘘のように、賑わいであふれていた。
キャンプの中央へと、近づく私達を、ベースキャンプの人達は怪訝な目で見つめていた。無理もないだろう。よく見れば、周りの男達は皆、重厚な装備に包まれており、身体も鍛え抜かれているものばかりである。
「あんまり、私達歓迎されてないみたいだね……」
ひそひそと、何かを話す声が聞こえる。先ほどから、女という言葉が、会話の節々から聞こえてきていた。あんまり気持ちの良いものではない。
「おう、あんたらも冒険家か?ずいぶんと可愛い来客だな!」
だが、そんな空気などものともせず、こちらに興味を持ったような数人の男が、私達の元へと近づいてきた。
「そうだよ!黒竜の伝説を調べてるんだ!」
「そうかそうか!良くここまでたどり着けたな!これも黒竜の導きかもな」
「おじさんは、私達を避けないの?」
「まあ、ここにはいろんな人が来るからな!あんたらみたいな弱そうな女はなかなか珍しいけどな」
「弱そうって……」
「ははっ悪い悪い!ここまで来れたということは、実力もあると言うことだろ?そんな顔するなって!俺はアレンだ!よろしくな!」
「こちらこそ!私はイーナだよ」
アレンが差し出した手を、私も握りかえした。握手をしたのちに、アレンは私の耳元にすっと近寄り、小さな声で呟いた。
「あんたら、モンスターだろ?本当はなんの用事でここに来た?正直に言ったほうがいいぞ」
その瞬間、私の首筋に冷や汗が流れた。ばれている?そんなはずはない。こんなすぐにわかるはずがない。すっかり、動揺してしまった私の様子を見て、アレンは大きな声で笑いながら口を開いた。
「ははっ冗談だ!こんな所に、お前達の様な奴が来ることはないからな!もしかしたらモンスターかもしれないと思っただけだ!」
私はなんとか冷静を装いながら、アレンに言葉を返した。
「酷い冗談だよ。こんなレディにモンスターだなんて!」
「そう言うな!ここじゃそんなに娯楽も少ない。ちょっとからかっただけさ!悪かったよ!」
アレンは先ほどまでの私を試すような表情とは打って変わって、ちょっとばつが悪そうな様子で私に言葉を返した。後ろにいたアレンの仲間達であろう、彼らもすっかり歓迎してくれているような様子であった。一瞬緊張した空気はすっかり何処かに消え去っていた。ひとまずは安心である。
「アレンさん、あなたたちはどうしてここに?」
「そりゃあ、未開の地に憧れるのが冒険者というものだろう。どんなモンスターと出会えるか?どんな財宝が眠っているか?どんな風景が広がっているか?俺達は未だ見知らぬ世界に出会うために生きているんだ」
そう語るアレンの表情はとても生き生きとしていた。同時に、自信にも溢れているのがわかった。数多くの死線をくぐり抜けてきたであろう、自分の強さに対する自信。
すると、アレンは屈託のない笑顔を浮かべながら、私に聞き返してきたのだ。
「俺達からすると、お前さんの方がわからないさ。まあそれでも俺達は、短い間でも共に過ごす仲間だ!せっかくだから仲良くしようぜ」
アレンは、キャンプの人達に、私達を紹介してくれた。聞けば、アレンはこのキャンプでも古株の存在であり、みんなに頼られているリーダー的存在でもあるようだ。最初こそ、皆警戒していたが、すっかりみなとも打ち解けられた。
そして、このキャンプに誰かが来たとき、新しい仲間が入ったときには、皆で歓迎のパーティを行うのが慣例となっているらしい。
「アレンから聞いたよ!お姉さん達、黒竜を探しているんだってね!リオンの村にはいった?」
私のそばでずっと酒を飲みながら親切に話してくれているのは、冒険者の1人アイルである。まだまだ若いが、その実力は本物なのであろう。鍛え抜かれた身体は、アレンと同じく、沢山の死線を乗り越えてきた事を物語っていた。
「行ってないよ!これから行こうと思ってたんだ。アイルは何か知ってるの?」
「そうだね。まあ僕の口からいうよりも、実際に自分で行ってきた方が良いんじゃないかな?」
アイルのいうことも尤もである。いくら彼らが打ち解けてくれたからといって、彼らのいうことを全て信じるというのも、ここでは正解ではないのだろう。私達が追い求めている答えは未だ誰も知らないものであるし、常に命がけのこの場所においては信じられるのは自分たちだけということはわかっていた。
「僕は結構イーナたちのこと気に入っているんだよ。だから一つだけ。このキャンプには沢山の人が来る。でも、ここから南へと旅立って無事に帰ってきたものはほとんどいない。それほどまでに過酷な世界なんだ。それだけは忠告しておくよ」
「ありがとう、アイル。心配してくれて。でも、私達は大丈夫」
「みんな、そう言って帰ってこなかったよ。まあ、イーナ達からは不思議な力を感じるからね、僕は信じることにするよ」
アイルは終始笑顔を崩さなかった。だが、その笑顔の裏には、一種のあきらめのような感情、そして、この場所に対する恐怖のような感情が渦巻いて見えたのだ。
「アイル、こちらからも一つだけ聞いて良い?」
「良いよイーナ!僕で答えられることなら!」
「アイルは何を求めてここにいるの?」
アイルは真剣な表情を浮かべ、ちょっと考えた後に年相応の無邪気な様子で私に言葉を返してきた。
「難しい質問だね。まあきっとイーナならいずれわかるよ。なんだか、イーナとは運命を感じるしね!その時まで、その問の答えは内緒にしておくよ!」




