104話 空と海と時々鯨と
海上を飛ぶこと、数時間。次第に目の前に陸の輪郭が見えてきた。
「陸が見えてきましたね!」
「いよいよ南の大陸だね…… シータ、慎重に街がないか探索してみよう!」
「わかった。とりあえずはこのまま、まっすぐ行くぞ!」
周辺は日が傾きつつあり、日暮れも近づいているのはわかった。明るい内に、街が見つかると良いのだけど……
「おい、イーナ!海の上に何かがいるぞ!」
シータは海の上に浮かぶ、大きな物体を発見したようだ。離れていて良く見えないが、私は一つの可能性を思い浮かべていた。
「もしかしたら船かもしれない!船だったら街が近いのかも……!」
「近寄ってみるか?」
「シータ!もうちょっとだけ寄る事って出来る?近づきすぎると、敵だと思われる可能性もある!」
シータは海に浮かぶ物体の方へと近づいていった。粒のようにしか見えなかった、何かが、次第にその姿を大きくしていく。
「イーナちゃん……あれって……」
「鯨だ!」
船のように見えた何か、その正体は鯨であった。海面から大きなコブのようなものを出しており、私のいた世界の鯨とは少し形態は異なっているようであった。
すると、鯨は空高く水を噴き上げた。水は、私達の飛んでいる高さくらいまで到達し、日光を浴び、虹色に輝いていた。
「綺麗……」
ルカはすっかりその光景に見とれていた。流石、南の大陸。今までとスケールが違うようである。盛大な出迎えを横目に、私達は、さらに大陸の方向へと近づいていった。
すっかり日も傾き、オレンジ色に輝く木々の間に、街の灯りらしき人工の光が見えた。やはり、この大陸にも街はあるようである。
「イーナ!街が見えたぞ!」
「シータ降りられそうな所は?」
「ちょっと歩くかもしれないが、大丈夫か?」
シータが降り立ったのは、街から山を挟んだ反対側の森であった。出来るだけパニックを起こさないように、山の陰に降り立ち、後は徒歩で近づく。幸いにも日が完全に暮れる前には、街に到着しそうであった。
「シータお疲れ様!」
地上に降り立ったシータは、ふう、と一息ついて、肩に手を当てながら呟いた。
「少し疲れたが、まあ大丈夫だ!それより、街へ急ごう。明るい内に行った方が良い」
まだ、右も左も知らない大地である。どんな凶暴なモンスターが出てくるかもわからない。私達は、少しだけ、休んだ後に、すぐに街の方向に向けて出発した。
周りの空気はレェーヴやシャウンに比べて、湿度が高く、また温暖であった。歩みを進めていると、次第に汗ばんでいく程度には、蒸し暑い。そして、木々の間に生きる虫たちはシャウンのものに比べると相当に大きい。
「ひえぇぇ……イーナちゃんなんか気持ち悪い虫がいます……」
ナーシェは木々の奥を指さした。示した先の気には、大きなムカデのような虫がくっついている。流石の私でも、気持ち悪いと思ってしまった。
「……見なかったことにしよう。虫は無視!」
周りのみんなに静寂が走る。アマツとシータはやってしまったなと言う顔で、私を眺めていた。ルカは、なにも理解していない様子で、きょとんとしている。辛い。この空気が辛い。
さらに森を突き進んでいく。聞いたことのないような鳥の鳴き声と、風の音だけがこだまする。
「こっちの方向で……あってるよね……?」
歩けども、歩けども木々が終わる様子はない。次第に薄暗くなっていく周辺の様相もあわせて、私の心の中に、不安が芽生え始めてきた。
それからしばらく、歩き続けた。すっかり周囲も暗闇に包まれてしまい、不安な気持ちに支配されそうになる中、私達はひたすらに前へと突き進んだのである。すると、突然に、森は終わり、目の前に灯りの灯った街が姿を現したのである。
「やったーーーーー!」
「ついたねイーナ様!」
そこから一気に、街に向かって進んでいった。街の入り口にさしかかると、周囲の人も増え始め、次第に活気も溢れてきた。見た感じ、結構大きな街でありそうだ。
異国情緒溢れる、港町。私達は、遂に最初の目的地にたどり着いたのだ。町外れの看板には、マルセーヌと書いてあるようだ。おそらく、この街の名前なのだろう。
街に入ると、港町らしく、酒場が大量に並んでおり、漁師であろうか、屈強な男達で、夜の街は大変に賑わっていた。まずは、宿の確保が重要である。私達は、賑わっている酒場の中へと足を進めた。
中に入ると、シャウンと少し似た様な、石造りの建物ではあったが、なにやら怪しげな仮面や、人形の様なものが、壁際にびっしりと並んでいた。まるで呪術か何かでもできそうな、少し怪しげな雰囲気であった。
「いらっしゃい……ってまだ、お嬢ちゃんじゃないか。こんな夜に来るなんてなんの用だい?」
「私達、何処か宿を探しているんだ!いい所知らない?」
私がマスターに尋ねると、マスターは棚から瓶を一つ取り出すと、私の方を見て、口を開いた。
「お嬢ちゃん、ここは酒場だ。案内所じゃないよ」
「ごめんごめん。おすすめは?」
私は、マスターに笑いながら、言葉を返した。すると、マスターも笑みを浮かべながら、手に持っていた瓶をこちらに見せてきて言ったのだ。
「この『鯨の涙』っていうのはどうだい?この街の地酒さ!」
その言葉に目を輝かせていたのはシータであった。私が、シータに目線を合わせると、シータはこほんと咳払いをしたあとに、小さな声で呟いた。
「情報収集は重要だからな!」
シータは今日一日頑張ってくれた。シータがいなければ、私達もここには来れなかったのだ。私は、そわそわするシータに、笑顔を向けた。嬉しそうな顔を浮かべるシータを見ていると、なんだかこちらまで嬉しくなってしまう。
そして、私はマスターの方に向けて、言った。
「じゃあそれで」




