あの日の伝言
めめぞうは水を抜き終わったあとの
プールの底に溜まった砂をかき出していた。
「めめちゃん、これからどうするの?」
この宿のオーナー タカさんは一旦夏のアルバイト期間を
終了することを申し訳無さそうにいつも心配してくれる。
「まあ、一度実家に戻って考えますよ。
本当に楽しい夏を過ごせました、ありがとうございました」
めめぞうは短大を出て証券会社で働いたが性に合わず
この夏前からここで居候バイトをしてきた。
大好きなサーフィンを毎日できてある程度のお金ももらえるので
何不満なく充実の夏を過ごしてきたが、その期限も来ていた。
じつは数ヶ月前から温めていたことがあった。
それはこのまま常夏の国へ行って同じように
宿の手伝いをしながら毎日サーフィンをして過ごす。
次にやりたいことができるまで欲望に任せたいのだ。
下田の書店に行ってもそんな情報もなく、
海で会ったサーファーやショップの人達に
アンテナだけは張っていたが、
先々週長逗留最後の夜の須能さんと夜のプールサイドで
ビールを飲みながら夕涼みをしているときに
ちょっとその事を話してみたら、
「旅行代理店の親友がいるから東京に戻ったら聞いてみるよ」
と言ってくれ、昨日須能さんから手紙が届いた。
バリ島のクタにあるB&Bが日本人観光客用に
日本人の従業員を探しているとのこと。
ほぼ心は固まっているのだが…。
下田に来て数日後、大浜で波乗りを終え入ってみたお店で
間原と出会った。サニーサイドダイナーだ。
めめぞうが看板犬のベティをなでていると、
あたかも店長のような態度で
「ベティ良かったね、美人さんになでてもらえて」
と言ってきた。そう言われると悪い気もせず
その後の会話に気を許したのだ。
語り好きな間原に最初は正直言って男を感じていなかったのだが、
話す機会が増えるたびに情が移っていき、
いつしかめめぞうのほうが好きになっていた。
この夏の後のことはここ最近会うたびに話題にはなっていたが
顔を見ると話せなくなっていた。
「横浜の実家に戻ってゆっくり考えるから、あっちでも会おうね」
そんな返事をして濁していた。というよりその気持も強くあった。
須能さんの手紙に記されていた旅行代理店の人に電話をしてみた。
条件などを聞くと断る理由などない、いい話だった。
また、ちょうどキャンセルが出た飛行機の席があり、
再来週のフライトまでの間に就労ビザも手配できるということだ。
来週この下田を離れ次の週にはいつ帰るかもわからない飛行機に乗る。
初めてのバリ島ということもあり不安が襲うが、
この機会を逃したくはない。
全部話して気持ちを整理しよう。
タカさんにスクーターを借りて間原の部屋に向かった。
いそうな時間なのに部屋に間原はいなかった。
ドアの前の階段に腰を下ろし待つことにした。
この夏の思い出がどんどん押し寄せてきた。
日が傾いてきた頃、この家のおばさんが戻ってきた。
「あれー、めめちゃんじゃない。どうしたの?」
「寛ちゃん待ってるんです」
「えーっ?寛ちゃんから聞いてないの?
昨日お父様が倒れられたということで、
最終の電車で千葉に帰ったのよ。
戻れなかったら部屋の荷物を着払いで送ってって。長くなるかもねぇ」
めめぞうはこんな形で会えなくなることは考えもしていなかった。
きっと何か手紙を残してくれているに違いない…
おばさんに部屋を開けてもらったら、
机のラジカセの下に手紙が挟んであった。
「めめぞうへ
父が倒れたので急ぎ帰ります。経過次第でまた戻ります。
もし、長引いたら11月の頭の週末にShanhai Paraceで会おう。
それまで元気にしててください。」
涙が止まらなくなった。
「千葉と横浜って近いんでしょ、すぐ会えるわよ」
おばさんが心配してくれるがすぐには言葉にならない。
「私、寛ちゃんに言えないままだったんだけど、
再来週急に外国に行くことになったんです。
あっちで働くのでしばらく日本には帰れなくなると思うんです。
それを言おうと思って来てみたら…」
涙がまた溢れた。
「それじゃあずっと会えないままじゃない!
今日か明日に連絡が来るはずだから寛ちゃんに伝えておくよ」
「寛ちゃんのところがそんな状況だから
数日は私から連絡しづらいので、よろしくおねがいします」
2日ほど盛夏に負けない猛暑が続き、
翌日から台風4号の接近が報じられた朝、
めめぞうは下田を出た。




