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Shanghai Palace   作者: kamakura betty
10/14

台風1号

お盆が終わると海水浴ムードが一気に薄れていく。

あんなにいた人々は3分の1くらいに減ったが

むしろ若者や子供たちがいない分

ビーチは大人っぽい落ち着きを見せる。

若者の夜遊びの入り口だった夕暮れは

今はその黄金色の視界を楽しむ大人な時間に変わっている。

遠くからボンゴの音が聞こえる。

きっとアイタルフーズのチタさんだ。

アイタルは下田から多々戸に向かう国道沿いに昔からずっとある

ジャマイカグッズのお店。

レゲエのCDの他ラスタカラーの布やTシャツなどが

所狭しと積まれている。

「ジャーノウデッ ジャノデジャノデジャノデ…」

興が乗るとナイヤビンギが始まる。

遠巻きに大人のカップルたちが砂浜に腰を下ろして

即席のビーチサンスプラッシュを楽しむ。

ひとしきり歌ったりただ叩いたり

日が水平線に沈みあたりが徐々に暗くなってくる頃

チタさんは長いドレッドの髪の上にボンゴを載せながら

去っていくのである。

真っ黒の上半身は裸で、下にジャマイカンカラーの布を

巻きスカートのように巻きつけ、裸足の足跡を残していった。


夜半から降り出した雨は日が変わる頃から強くなり平屋の屋根を叩く。

長いひさしに助けられて、古い木造だが間原の部屋は平静が保たれていた。

10月に提出する国際法の夏の課題に取り組んでいると

ラジカセで小さくつけていたFENがにわかに賑やかになった。

どうやらこの雨はフィリピンの沖で発生した台風1号によるものらしい。

明日の明け方には沖縄を通過し勢力をまして東海地方へ接近するようだ。

伊豆最南端の下田も直撃は免れない。

屋根を叩く雨音になれた頃、間原は眠りに落ちていた。


玄関の引き戸を叩く音で起こされた。なにか空が騒々しい。

「サーファーたちが一斉に流されて、ヘリで捜索してる!」

めめぞうが町内アナウンスを聞いて飛んできた。

「マツを探しに行かなきゃ」

間原は飛び起きて適当なものを着て飛び出した。

「神社に寄ったらおばちゃんもあたふたしてた」

「じゃあめめぞうはおばちゃんのとこにいてあげて」

「わかった、寛ちゃんも気をつけてね」

上空には2機のヘリコプターが広範囲に旋回している。

「祠下に行ってなきゃいいんだが」

神社の先の岩場は神聖な場所として先端に祠を置き祀っている。

ちょうどその下が波の立つポイントなのだが、

侵食で中がえぐれているから捜索のボートも入れない。

奥へ奥へと叩きつけられ翌日ホテル側のビーチに遺体が上がる。


間原が岩場に着くとすでに多くの人がそこにいた。

それぞれがいろいろな名前を叫んでいる。

「マツー!マッちゃーん!」

力の限り叫んだが波の爆音にかき消された。

救命ボートがやってきたがやはり近づけない。

自分たちも中に飲まれる二次災害は避けなければならなかった。

祈り続けながらどのくらいそこにいただろうか。

救命ボートは捜索を諦め去っていった。

浜の方が騒々しい騒ぎになっていたので向かった。

そこには次々と力の限り岸をめざしたサーファーたちの姿があった。

人垣をかき分け彼らに近づくと皆ぐったりとうつ伏せになったり座り込んでいる中に

マツの姿を見つけた。

「マツー!」生きているのはわかるがもはや限界という感じで返事もない。

しばらくそのまま回復するのを待つことにした。


間原とマツとは大学の同じ学科で、苗字が近いだけに学籍番号も近く

教養課程の1年2年の間ずっと多くの授業が一緒だった。

大学に登校しそこで休講を知ったときなどは、

同じくぽっかり空いたクラスの女の子を誘って

最近できた評判のカフェに行き、週末のドライブに誘ったりした。

その子の友達も連れてきてもらい4人でのドライブは

芝浦の沖、東京湾の13号埋立地がいつものパターンだ。

都心から最短のこのススキだらけのリゾートで日中は太陽と戯れ、

日暮れから横浜方面へ向かう。

瑞穂埠頭のスターダスト、ポールスター、

本牧のリキシャルーム、アロハカフェあたり。

米軍の彼らが出入りするバーの雰囲気にどうしても呼ばれてしまう。

帰路、首都高羽田線から青い光の滑走路が見えてくる頃は、

車内の前後は分断されたカップルシートになっていた。

女の子ふたりをそれぞれ送り届け、下町のマツ宅経由で千葉に帰ると

すでに夜は明けていた。


「寛ちゃーん、ありがとう。ほんとごめん」

マツがやっと力を取り戻してきたようでホッとした。

「海に出てるだろうとは思ったけど、マツでもこんなことになるなんて

よほどの潮だったんだね」

「サーファーが多かったから、ついあともう一本って欲張ったら…。

祠下に行ったやつもいたみたいだけど大丈夫だったのかな?」

「救命ボートも近づけなくてそのまま…」

「そうか…」

台風一過の空はあまりにも青く、どうしようもない虚無感を誘った。



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