表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/181

刺繍と笛

 次の日の朝、珍しくロレンが朝から宿屋に来た。そして凄い事を言った。


「ヒロト、うちの商会と私の名前で、ナナミさんの情報を行商人から集めます。海辺の教会の他に、何か手がかりがありますか?」


 そうか。そういう方法があるのか。


 この世界には、街以上の大きな行政機関ぎょうせいきかんがないらしい。そして当然のように行方不明者の捜索そうさくなんかしてくれない。だから俺は、直接探すしかないと思い込んでいた。


 この世界で商人が運ぶのは、金と商品、そして情報だ。


 ナナミまでの道が、一気につなががったような気がした。


 俺はロレンに頭を下げた。もう、このまま上げられないような気持ちになる。


「依頼に、させて」


「身内を相手に商売はしませんよ。ただ、情報をくれた商人にはお礼を渡しますから、それはヒロトが払って下さい」


 フイと、顔を背けて言う。ロレンは自分がお人好しだという事は、短所だと思っている節がある。まあ、商人としては長所とは言い難いのかも知れない。


 ハルがロレンに抱きついて、


「ロレンありがとう。お母さんを探してくれて」


 と言った。


 ロレンがハルの頭を撫でながら言う。


「まだ見つかっていませんよ。見つかるまで頑張りましょう」






「へぇ、ナナミさんはお医者さまなんですか」


「医者違うけど、治療できる」


「治療師さまですね? なるほど。他に特徴は?」


「耳なし」


「それはちょっと。情報に乗せるにはリスクがあります」


「小さい。これくらい」


 俺の肩くらいを手で示す。


「ナナミさんて‥‥」


大人オトナ! 中身は大人!」


 見た目も別に子供じゃない。そして探偵でもない。





「どの程度情報が集まるかわかりませんから、調整しながら進めましょう」


 ロレンは大まかな打ち合わせを済ませると、そう言って忙しそうに帰って行った。キャラバンで、馬車が止まっている時一番忙しいのは、間違いなくロレンだろう。


 俺も今日は忙しい。ナナミを探す大きな助力をもらったとしても、キャラバンの旅は続くのだ。俺も自分で出来る事を、放り出すつもりはない。



 まずは朝メシと馬の世話を済ませ、教会へと向かう。


「行方不の妻を探しています」


 俺、この台詞、何回目だろう。この言葉だけは、発音も文法もネイティブ並みに完璧かんぺきだ。


 色々説明して、ナナミの似顔絵を貼ってくれるようお願いする。ナナミについての情報は何もなかったが、諦めなくて良い材料は、充分にロレンが用意してくれた。


 連絡先にはロレンの商会と名前を使わせてもらった。大岩の家より通りが良いだろう。あの家は秘密基地仕様だからな。


 図書館に向かいながら、素材屋通りを歩く。画材屋と染料を扱う店を何軒か見つけたが、色鉛筆は売っていなかった。


 図書館では、耳なしについての伝承を調べるつもりだ。


 受け付けで聞くと、伝承や言い伝え、むかし話のコーナーに案内してくれた。何冊かピックアップもしてくれる。お礼を言って、ハルと閲覧コーナーの隅っこへ向かう。


 この世界の文字はローマ字や仮名文字のように、言葉の発音をそのまま表記する。87個を丸暗記すれば、書く事も読む事も出来る。俺もハルも一応87個全部を覚えた。だがしかし、スラスラもサラサラも程遠い。


 俺とハルは、顔を見合わせて頷き合った。後でゆっくり読もう。耳なしについて書いてある部分を写メに撮る。相変わらず、なんか悪い事してる感がぬぐえないが、書き写す事は禁止されていないので、ギリギリセーフだろう。たぶん。


 図書館を出て、少し早いがパラヤさんの家に向かう。今日は歩いてばかりだな。



「出来てるわよ」


 パラヤさんは俺たちが顔を出すなり、挨拶もせずに言った。俺がつい吹き出して


「ドヤ顔がじーさんそっくり」


 と日本語で言うと、


 顔を赤くして、あら、そうかしら、と笑った。そのうふふ笑いが今度はさゆりさんに似ていて、ハルと2人で顔を見合わせて笑った。


 パラヤさんの刺繍は、この世界では見たことのないものだった。


 色のついた小さなガラスの欠片を、刺繍の中に縫いこんであるのだ。動物の目や花びら、葉や羽の一部に、色ガラスを抱き込んだようなその刺繍は、どこかハルの影絵にも似て、ノスタルジックな味わいがある。


 刺繍の事も、シャレオツな装いにも無縁な俺でも、素直に綺麗だと思った。色ガラスはガラス細工職人である、旦那さんが一枚一枚切り出して、磨いてくれたらしい。


「きれい! とても、素敵!」


 ハルがくるりと回ると、ポンチョがふわりと揺れ、陽の光がガラスに映ってチラチラとまたたいた。


 ハルくん、それ初めてドレス着た女の子がやるやつ。




 俺たちの日本語混じりの会話を、ニコニコと聞いていたパラヤさんの旦那さんが、ふと席を立ち笛を持って戻ってきた。


「旅の無事を祈る曲を、吹かせてもらってもいいかい?」


 ぜひ、お願いしますと言うと、少し照れたように笑いながら何本もつらなる笛に息を入れる。


 風の音だった。柔らかくかすれた風の音がどこかで聞いたメロディをかなでる。


 ああ、チョマ族の歌だ。宴の最後に聞いた、渡り鳥の曲だ。


「旦那さんは、チョマ族の人ですか?」


 パラヤさんは俺の質問には答えずに、


「あの笛の音色は、サラサスーンの風の音なの。ドルンゾ山から吹き下ろして、赤い大地を駆け抜ける風の音。チョマ族は、その風に乗って空を舞うのよ」


 素敵でしょ? と言って悪戯いたずらっぽく笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ