たった二週間の陽だまり
次の日の朝、画用紙とスケッチブックを買いに本屋へと顔を出した。俺の頰のキズを見た本屋のご主人は少し驚いていたが、「男っぷりが上がった」と言って笑っていた。
旅の話をしながらスケッチを見せると、俺の拙い土産話をたいそう楽しそうに聞いてくれた。そして、風景画の何枚かを売り物として店に置いてみないかと言われた。
俺は、実は自分の絵に執着するタイプで、気に入った絵は自分で持っていたい。しかもご主人が『これとこれと、これ』と選んだ数点は手放し難いものばかりだった。
悩んだ末に、こっそり写メを撮る事で折り合いをつけた。
値段や俺の取り分なんかは、全て丸投げした。俺の手を離れてしまえば、気に入った人が納得した値段で買うのが良いと思う。
以前から探してもらっていた顔料を買い、依頼人のメモを受け取る。また出発前に寄ると約束をして、その足で依頼人の元を回った。
出発までの二週間は、穏やかに、そして矢のように過ぎてしまった。
ハナを膝に乗せ、依頼の絵を描いたり、肩に乗せて筋トレしたり、2人でハルの影絵劇を見たり、3人一緒に木陰で昼寝したり。
本屋のご主人に仕入れてもらった顔料(油や水に溶けない着色料)で、一緒にパステル作りもした。パステルはクレヨンに似た画材で、画用紙に馴染むので使いやすい。
作り方は簡単で、粉状の顔料を混ぜ好きな色を作り、膠を加えて根気強く練る。形を整えて乾かせば出来上がりだ。
ハナが作ったパステルは斑ら模様になっていたが、それはそれで面白い色使いが出来そうだ。
ハルもハナも、頰や鼻に顔料をつけてはしゃぎ、最後は2人ともカラフルな部族の人のような顔になり、さゆりさんに揃ってドラム缶風呂に放り込まれていた。
ドルンゾ山で保護した、ビークニャのクーも今回の旅は、ハナと一緒にお留守番だ。大岩の家の牛やヤギの乳をもりもり飲んで、元気いっぱい飛び跳ねている。時折ハナを乗せて歩いたりしているので、帰ってくる頃にはハルが乗れるくらいの大きさになっているかも知れないな。
相変わらずハルの後を付いて歩いている
一度、ハザンとアンガーという、意外な組み合わせの2人が、大岩の家を訪れた。ハザンが、わからなくて通り過ぎたと文句を言いながらも、隠し扉に興味深々の様子だった。仕組みを聞かれたじーさんは、ニヤリと笑っただけだった。実は俺たちにも教えてくれない。
2人は武器の改造を依頼しに来たらしく、アンガーは握り込むのではなく、拳に装着出来るコンパクトな爪が欲しいらしい。メリケンサックみたいな感じか?
俺が絵に描いて見せると「手の甲で防御が出来ると、もっと良い」
と、更に注文を付けていた。
ハザンは「十字槍の柄に細い剣を仕込んで欲しい」とか、「柄の中に鎖を通して両手でも持てるようにしたい」とか、割と無茶苦茶な事を言っていた。ヌンチャクみたいな感じか?
希望は仕込み武器らしい。
じーさんはまた悪そうな笑みを浮かべ、珍しく饒舌になったりもして、終始楽しそうだった。俺も2人の希望や俺の知識を、何枚も絵にしていった。じーさんがその絵に実現可能な工夫やアイデアを書き込んでいく。
ハザンとアンガーは長居した上、大飯をくらい、とうとう泊まっていった。
ハナはアンガーが気に入ったらしく、頭に登って耳にかぶりついていた。『アンガー』の発音が難しいらしく、『ガー!』とかなり縮めて呼ばれたアンガーは、珍しく満面の笑みを浮かべていた。
さゆりさんが、俺とハルにお揃いのポンチョを作ってくれていた。耳付きフードが付いた、シュメリルール風のカラフルなポンチョだ。裾部分に、ビークニャとユキヒョウを模った刺繍が施されている。
キャラバンのメンバーに隠し事がなくなった事を話したので、他の人がいる場所に行く時だけ被るようにとフードを付けてくれたのだろう。内側にカンガルーポケット(パーカーのお腹部分付いているポケットの事)が付いていて、使い勝手も良い。
俺たちとさゆりさん夫婦は、二週間を愛おしむように過ごした。それは冬の最初の日に見つけた陽だまりのような日々だった。
見失ってしまえば、二度と見つからない秘密基地のように思えて、俺は、心の大切な場所にそっとしまい込んだ。
明日の朝はまた、ハナが目を覚ます前に、大岩の家を出る。
また、旅が始まる。




