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荒野の一軒家の秘密

 じーさんが先に立って、ログハウス風の家の扉を開けて中に入る。中から謎言語で話す声が小さく聞こえる。柔らかな灯りの洩れるその家は、見るだけでなんだか涙が出そうな程優しく見えた。俺もどうやら、随分と張り詰めていたようだ。


 やがて中から、穏やかそうなばーさんが出てきた。ばーさんの頭には、じーさんより心持ち大きくモフっとした耳がある。‥‥キツネ、か?


 じーさん自分の嫁さんにも高性能付け耳、付けさせてんのかよ。なんてマッドなサイエンス野郎なんだ!


「中に入りませんか?」


 意外にも流暢な日本語だった。


「夜分すみません。野営中に野犬に襲われまして‥‥」


 じーさんにした説明をもう一度口にした。


「日本の方ですね? お子さんを2人も連れて‥‥。怖かったでしょう? お腹は空いてない? 中に入って下さいな」


「ばーば! にゃー、にゃー!」


 ハナがまたもや手を伸ばす。


「あらあら、ばーばはニャーじゃなくて、コンコンなのよー」


 ばーさんはうふふ、と笑いながらハルの背中を押して家の中に招き入れてくれた。



 家の中に入ると、左手が土間になっていて、かまどらしきものがある。リビングの椅子を勧められ、座る。椅子が四つしかないので、ハナは俺の膝の上だ。

 子供たちは甘いホットミルクを作ってもらい、飲みながら、もう船をいでいる。


「寝床を用意しますから、お子さんたちは寝かせてあげて下さいな」


 屋根裏部屋らしき部屋に案内され、2人を寝かしつけてリビングに戻る。俺は戸惑っていた。高性能キツネ耳を付けているくせに、この人は()()()過ぎる。


 何から話して良いのか躊躇ためらわれ、俺が黙っていると、ばーさんが穏やかな口調で言った。


「この人の名前はカドゥーン、私の名前はさゆり、今井さゆり。埼玉県に住んでいました」


「住んでいた、というと、ここはやはり日本ではないんですね?」


「ええ。日本どころか、地球ですらないですよ」


「どういう事ですか?」


「だって地球には、こんな耳のある人はいないでしょう?」そう言ってさゆりさんは、キツネ耳をピコピコと動かして見せた。


「本物だって言うんですか?」


「よく見て下さい。触ってみる?」さゆりさんが俺に頭を差し出す。


 じーさんが「ダメ、こっち」と言って、さえぎり自分の頭を差し出す。


 耳は()()()いた。


 そっとつまむとあたたかく、ぺぺぺぺッと迷惑そうにパタついた。


 本物、かも知れない。いや、本物にしか見えない。


 ネコ耳が本物で、地球じゃなくて、さゆりさんは日本人? どれもこれも、訳がわからなくて、俺は頭から煙りが出そうだった。








「前世の記憶がある、転生ですか?」


「いいえ、恐らくあなた方と同じ。熊谷市の自宅近くのスーパーでキャベツを手に取って、顔を上げたらこの荒野だった」


「転移直後にはもう、耳が生えていたんですか?」


「なかったわ。尻尾もね。1年半くらいたった頃に生えてきたの」


「‥‥‥」


 思わず言葉に詰まった。尻尾もあるのか‥‥。いや、ソコじゃない。


 早回しの映像で、キノコのように耳が生える様子が頭に浮かぶ。ニョキニョキと生えるのか、それとも少しずつ成長するのか。いや、今はそれもどうでもいい。


「なぜ、でしょう‥‥」


「この姿になった理由かしら?」


「はい、すみません」


「わからないの。この人と夫婦になったせいか、食べ物なのか、時間経過なのか。‥‥なぜこの世界に飛ばされてしまったのか、帰る方法があるのかどうか、何もわからないまま、30年以上過ぎてしまった」


「他に同じような転移者に会った事は?」


「ないわ」


「私はこの人に助けられて、恋をしたから、耳と尻尾が生えてきた時は嬉しかったの。ここで生きてゆこうと決めたから、帰る方法も探さなかった。子供も授かって、割と幸せだったのよ」


 さゆりさんは、ふふっと笑った。


「耳と尻尾が生えるだけですか?」


「いいえ。とても身体能力が上がったわ。この姿でも、日本にいた頃より早く走れるし、高く飛べる。キツネの特徴がそのまま現れてるみたい。耳も凄く良いし、夜目もきくのよ」


 得意そうに胸を張って言う。確かに素晴らしい能力だ。


「あの、この姿、とは?」


「キツネ、そのものの姿にもなれるの」


 ‥‥気が遠くなりそうだ。


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