メンテナンスと影絵 ★
旅の間俺とハルは、道具類や衣服やブーツ、スリングなど、出来る限りメンテナンスはしていた、つもりだった。だが、大岩のチート夫婦には不服だったらしい。
ゴーグルやスリングが、じーさんによってあっという間に分解され、細かい修理とメンテナンスが施される。気になっていた少しの軋みや、ゴムを引き絞った時の軽い違和感が、見事に解消されていく。
これはしっかり見ていないと!
俺とハルが、がぶり寄りで目を皿のようにして見つめていると、「そんなに見られると、やりにくい」とじーさんが口元を少し緩めて言った。
眉根に寄せた皺が伸び、口元がほんの少し柔らかくなる。この人の、暖かいものがつい滲み出てしまったような笑い方は、どうしてこうも魅力的なのだろう。刻まれた皺が、若造には太刀打ち出来ない渋みとなって漂う。
いつか俺もこんなじーさんになれるだろうか。
衣服や道具類は、さゆりさんによって隅々まできれいに洗われ、繕われ、縫い直されていく。もう落ちないと思っていた染が酢やほうれん草の茹で汁、大根の汁で白さを取り戻したりする。この人なんでこんな事知ってるんだろう。
ブーツや腰ベルト、ベルトにつける小物入れやスリングケース。このへんの細かいものは、じーさんやさゆりさんに教えてもらいながら、自分たちでメンテナンスした。
多少の緩みが出た部分を縫い直し、革紐を新しいものと交換し、ダメになった部分を張り替える。たった1ヶ月と少しの旅の間に、我ながら、ずいぶんと使い込んだものだ。
さゆりさんがふと、
「また旅に出るのかしら?」と聞いた。
「そうさせてもらえたら、と思っています」
「またハナちゃんが可愛そうねぇ」
俺はその言葉には、答える事が出来なかった。
夜、ハルがラーザで拾った貝殻をランプの灯りに透かして遊んでいる。ラーザの貝は透き通ったものが多く、灯りに翳すと壁に色の付いた影が映る。それにハルが作った折り紙の影を重ねて、ハナに見せている。ちょうど色付きセロファンを使った、地球の影絵劇のような感じだ。
ハナは「ハルちゃ、もっと!もっともっと!」と大喜びだ。
こっそり聞いていると、どうやら物語であるらしく、
『そのときです。たいへん!屋根がこわれて、おとーさんとハルくんは馬車から落ちてしまったのです』
ドルンゾ山で狼に囲まれた時の話だな。ちょうど盛り上がりの場面らしい。
背景がうす緑から淡い赤色へと変わる。ハルが貝がらを変えたのだ。
背景チェンジ付きだよ!本格的だな!
『おとーさんは大きな狼にふみつけられて、ぜったいぜつめいのピンチ!』
狼の影が、ガウガウと吠えながら行ったり来たりする。ハルはナレーションと効果音もこなして大忙しだ。
「ダメー!とーたん、にげてー!」
ハナが悲鳴をあげる。
『そのときです!』
またその時か!
『大きな山ねこが、たすけに来てくれました。山ねこはへんしんしたロレンでした』
「ろれーん!」ハナが合いの手のように叫ぶ。
『ロレン山ねこはとても強くて、あっという間に悪い狼をやっつけました』
猫の影が、狼の影を吹き飛ばす。じゃじゃーんという、ハルの効果音付きだ。
『おとーさんは顔にケガをしたけど無事でした。そしてまた、旅をつづけました。おしまい!』
ハナがわー!パチパチと拍手する。
大冒険活劇だ。これロレンが見たら喜ぶんだろうなー!でもお父さん、全然出番のなかったヤーモがちょっと気の毒だよ。ヤーモだって大活躍したじゃないか。したよな?
多くの影絵劇を手掛け、やがて映写技術へと発展する礎となった男の最初の作品は、わずか8歳の時に作ったキャラバンを山猫が襲う話だったと言われている。ランプと紙細工を使った影絵劇は、吟遊詩人や旅芸人によって、瞬く間に各地を渡り、人気となっていったという。それはまた、別のおはなしである。




