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レッツ パーリー

「ひまわりの種の油を絞って、天ぷらと唐揚げを作りましょう!」


 その日の朝ごはんの後、さゆりさんは高らかに宣言した。


 大岩の家ではバターとごま油を使う。ゴマは畑で採れる分を絞って使い、バターも手作りだ。谷牛からラードも作れるが、どれも揚げ物が出来るほどとなると難しいらしい。


 揚げ物は、お祝い事や誕生日にしか出てこない、たいそうなご馳走なのだ。


 俺の旅の土産である、ひまわりの種を、さゆりさんはとても喜んだ。サラサスーンではひまわりは見かけないそうだ。俺も揚げ物を作ろうと、かなりの量を確保してきてある。


 ハルとハナがさゆりさんの宣言に、わーい! と歓声をあげる。「からあでー! からあでー!」とハナが跳び上がって喜ぶ。


「ケーキも作りまーす!」


「ほんと? さゆりおばーちゃん!」


 ハルも跳び上がった。


 今回はリュートの嫁さんのラーナに、赤ちゃんが出来たお祝いである。さゆりさんの意気込みは天井てんじょう知らずだった。


「さあ大仕事よ! みんな手伝ってね!」


 まずは肉の確保だ。谷角牛とウサギ、うずらの足が長くなったような鳥(大岩の家では足長あしなが鳥と呼ばれている)を狩ってくるようにと任務を受け、ハルとじーさんが出かけて行く。


 俺とリュートは、油係り兼メレンゲ係りだそうだ。


 ひまわりの種の殻を剥く。プチプチと終わりの見えない作業だ。何しろ荷袋いっぱいあるのだ。ハナにも手伝わせる。パーティの主役であるはずのラーナも駆り出される。全員だんだんと無口になった。


 まあこんだけありゃー揚げ物できんだろ! という量をようやく剥き終わり、種をフライパンで乾煎からいりする。これをすり鉢でクリーム状になるまですり潰す。そして絞る。


 この絞る、が大変だった。大岩の家には洗濯物を絞る道具がある。穴の空いたタライと編カゴ、ジャッキを組み合わせた道具でじーさんプレゼンツだ。ジャッキをくるくる回していくと、タライと編カゴの隙間が狭くなっていき洗濯物が押し潰されて水分を絞る事が出来るのだ。


 この洗濯物絞り機のタライは無数の穴が空いているので、1つを残して塞ぎ、編カゴも鍋の蓋と交換する。ガーゼの袋に入れたひまわりクリームを入れ、ジャッキをギリギリと回していく。ひまわりクリームの粘度が高いせいか、渾身の力を込めてもタラタラタラーくらいしか油が出てこない。


 リュートと俺の精と根が尽きかけた頃、やっと大瓶おおびん二本分のひまわり油が採れた。金色に輝き、ほのかに甘い匂いがする。俺とリュートはガクガクと笑う腕をどうにか上げ、拳を軽く合わせた。


 リューくん、知ってるかい? まだメレンゲと生クリームが待っているんだよ。




 ハナとさゆりさんが、畑で必要な野菜の収穫をしている。ハナがジャガイモのつるを引っ張り歓声を上げる。さゆりさんがトマトと緑ナスをカゴに入れる。ラーナは木陰に椅子を用意してもらって、2人をニコニコと眺めている。俺がリュートの家に泊まりに行くと、いつも見せてくれる人懐ひとなつこい、ふんわりとした笑顔だ。


「俺はラーナのあの笑った顔が好きで。うちの事情に巻き込むのが嫌だった」


 リュートが下を向いて、この世界の言葉で言った。


「ラーナの笑顔は俺が守ってるつもりでいた」


「そしたら『あなたに、幸せにしてもらうつもりはない』って言われたんだ。『欲しいものは自分で手に入れる。あなたの隣に居たいからいる。あなたの子供を産みたいから産む。なんか文句ある?』ってさ」


 ラーナ、すげぇ男前だな!あんなはかなげで可愛い感じなのに!


「惚れ直したんだろ?」


「うん」


「大丈夫。なにも悪い事なんか起きない」


 俺は子供騙こどもだまししみたいな、幸せな予言を口にした。心底、そうである事を祈りながら。


 顔を上げて照れ臭そうに頷いたリュートは、ラーナと同じくらい幸せそうに見えた。



 そんな感じでダラダラ休んでいると、狩りに出ていた2人が戻ってきた。ハルが「ウサギと鳥はぼくがしとめた!」と言いながら、鳥の羽をむしっている。ハルくん、本当にたくましくなっちゃって!


 じーさんは谷角牛の血抜きと解体を始めている。俺たちは木桶に水を汲み、2人の手伝いに向かった。


 それから手の空いた人が交代で泡立てたメレンゲで、さゆりさんがスポンジケーキを焼く。ベーキングパウダーがなくても、メレンゲさえしっかり泡立てればケーキは結構膨らむものだ。木ベラでさっくりとメレンゲを潰さないように、切るように混ぜる。さゆりさんはさすがの手際だ。


 ダッチオーブンのようなゴツい鍋の内側に、さっき絞ったひまわり油を塗る。あらかじめよく温めてから、一度濡れ布巾で粗熱あらねつを取り、生地を流し込んで焼く。


 揚げ物は揚げたてを食べてもらいたいので、下拵したごしらえまでをしっかりする。天ぷら用の野菜や肉を切って水気を拭き取る。これは俺が担当した。


 スープとグラタンを作る。これはラーナが担当。最初は、あらあら主役は見ていてちょうだい、なんて言ってたさゆりさんも、ラーナの即戦力ぶりと、手の足りなさから参戦をこころよく受け入れた。ラーナはつわりも軽く、食欲もあるそうだ。得意料理だという赤カボチャのクリームスープと、ウサギ肉のグラタンを作っている。


 足長鳥に下味をつけ、一旦寝かせる。スポンジが焼きあがったので、逆さにして網の上で熱を逃がす。


 窓の外は夕闇が迫ってきた。涼しくなってきたので生クリームを泡立てる。昨日の夜から放置しておいた牛乳の、分離した上澄みを丁寧にすくっていく。ちなみにバターもチーズもこの上澄みから作るそうだ。


 俺は料理で手一杯なので、リュートとじーさん、ハルが交代で泡立てる。リュートの腕はそろそろ限界みたいで、動きにキレがない。確かバネを利用した便利泡立て器があったはずだ。あとでじーさんに相談してみよう。


 顔を真っ赤にして泡立て器を回すハルを、大人全員がほっこりと見守っている。こぼすなよ!



 さて、そろそろ出来たものからテーブルに並べよう。から揚げも揚げはじめる。作る側から言うと、出来立てはすぐに食べて欲しい。なんでも作りたてが1番美味しいに決まってるからだ。作っている人を待っていなくて良いのはうちの習慣だ。


 家中のテーブルを集めて、どんどん料理を並べる。ラーナはハルが作った折り紙のティアラをつけて、お誕生席だ。ハルが「お姫さまが着けるかんむりだよ」と言って頭に乗せると、ラーナは嬉しそうに笑って、「ありがとう、ハルくん」と日本語で言った。


 ハルの宝物の金色の折り紙用紙だ。ハル奮発したな!


 天ぷらを揚げ終えた俺が席に着き、最後にドライフルーツをたくさん飾ったケーキを持ってさゆりさんが席に着く。


 おめでとうと口々に言って、乾杯する。大岩の家の習慣は、ほぼ日本と変わらない。ハルがラーナに、「これから楽しい時間がはじまりますよ、って言う合図だよ」と説明していた。


 ハルの言う通り、とても楽しい夜だった。みんなお腹いっぱい食べ、もう入らないと言って、それでもケーキまで完食した。


 ちなみにリュートの腕は、ほぼ使い物にならなくなり、ポロポロと食べ物をこぼしまくり、最後はラーナに食べさせてもらっていた。


 リュートのバツの悪そうな顔と、ラーナの楽しそうな顔が対照的で、それを見てまたみんなで笑った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 今日のメニュー


 朝 赤魚の干物、ジャガイモとわかめの味噌汁、辛味噌入りおにぎり


 昼 抜き(さゆりさんも俺も作業に夢中になり過ぎて、すっかり忘れていた。ハルとハナはつまみ食いをしていたらしい)


 夜 赤カボチャのクリームスープ、ウサギ肉のグラタン、各種野菜天ぷら、足長鳥の生姜風味唐揚げ、ピクルス、ドライフルーツのケーキ


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