ハナの尻尾とお土産大会
「その傷どーしたの?」
「このユキヒョウの子は、もしかして」
俺とさゆりさんが、ほぼ同時に言った。
お互い顔を見合わせて黙る。
「そのビークニャが、ナナミさんかしら?」
「ハナですか?この子?」
また被った!
「さゆりおばーちゃん、クーはドルンゾ山でケガして動けなくなってたの。おかーさんは教会にはいなかったよ。ねぇ、その子、ハナちゃんなの?」
ハルがうまく間に入ってくれた。良かった、お父さんもう、何がなんだか!ふと腕の中の重さがズンと増し、見るとスッポンポンのハナがニコニコと笑っていた。
頭には先だけが黒い丸みを帯びた耳が、尻には黒い斑点模様のある太く長い尻尾がある。
「とーたん、おきゃーり!ハナちゃんもふもふ、できるよーになったよ!」
得意そうに尻尾を振って見せる。あ、ああ、ただいまハナ。すごいな、上手だな、でもお父さん、気が遠くなりそう。
さゆりさんがハナを受け取り、持っていた服を着せてくれる。とりあえず落ち着こうと言う話になり、部屋に入って荷物を降ろす。
ハルはじーさんに旅の話をしながら、2人でクーの世話をしに出て行った。リュートは馬を家畜小屋に入れて世話をしてくれている。
さゆりさんがお茶を入れてくれて、椅子に座りながら言った。
「3日前に、朝起きたらこうだったの。びっくりしたわ」言いながらハナの頭を撫でる。
よく見るとハナの目は、きれいなアイスブルーに変わっている。
「獣の姿になるのが楽しくて仕方ないみたい。ほとんど一日中その姿で走り回っているのよ」
さゆりさんは目を細めて、ふふふと笑った後、
あ、ごめんなさい。あなたにとっては困った事になったのよね? と、少しバツの悪そうな顔をした。
確かに日本に帰る方法が見つかった場合、又は突発的に戻ってしまった場合、この姿ではまさに珍獣扱いだろう。
だが、この姿の圧倒的な可愛らしさに、否定的な言葉が出ない。可愛いは正義、とはこういう事を言うのか! 尻尾を撫でる手が止まらない。ユキヒョウの尻尾は、寒い時は首に巻いてマフラー代わりにするらしい。それほどに長く、太くてふわふわだ。
ハナは留守番の間中、概ね楽しく元気に過ごしていたそうだ。最初の頃は寝入りばなに泣いたり、朝起きて俺の姿を探して「とーたん、とーたん」と泣いたりしたそうだ。切なさに胸が熱くなる。
ハナの件は、起きてしまった事は仕方ない、という方向で棚上げされた。今更どうにもならないし、何か問題が起きたら、その都度対処して行くしかないだろう。
気を取り直して全員集めての、お土産大会開催だ!
さゆりさんにはラーザの日除け布付きの帽子と、ハルが海岸で拾った貝殻で作ったブレスレット。ラーザの貝は透き通っている上に、色のグラデーションがついていて、とても綺麗だ。さゆりさんが腕につけると、シャラシャラと軽い音を立てた。
じーさんにはラーザのサンダル。植物の蔓で編んであり、軽くてしなやかだ。あとは同じ蔓で編んだ、四角い蓋つきのカゴ。蓋を開けると、ひとまわり小さい同じカゴが入っていて、その蓋を開けると‥‥と、マトリョーシカのようでとても楽しい。
ハナには、さゆりさんとお揃いのラーザの帽子と、こちらもお揃いの貝のブレスレット。ハナは、ばーばとおとろーい、おとろーい、と言いながらぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。ブレスレットがシャラシャラと音を立てるのが楽しいらしい。
リュートには、チョマ族の毛織り物と、指の先だけ出せる手袋。手のひら部分に鞣し革が貼ってある職人仕様だ。
リュートの嫁さんにはチョマ族の、フェルトの小さな可愛い箱と貝のブレスレット。
あとは素材や食材だな。干物や塩漬けの魚、塩、スパイス類、米と芋の酒、トゲトゲ魚のトゲ、ひまわりの種、ビクーニャの毛糸、チョマ族のラグマット、山猫と灰色狼の毛皮を一匹分ずつ。
お土産を渡しながら、旅での出来事を話す。リュートは今日は泊まって行くそうだ。
途中で日が暮れたので、さゆりさんと並んで晩メシの支度をした。俺の包丁捌きを見て、「あら!腕を上げたじゃない!」と言ってくれたのが、やけに嬉しかった。
1ヶ月ぶりの和食と、お土産の酒を呑みながら、たいそう騒がしく楽しい夜を過ごした。
山猫に襲われた話、灰色狼との攻防戦、クーを助けて崖を登ったアンガーの話、チョマ族との宴会の話。ハルとハナも夜更かしをして、たくさん食べてたくさん笑った。
「ヒロトもハルも、一端の男の顔になった」とじーさんが言ったのが、照れ臭くも嬉しかった。




