灰色狼の群れ 前編
動物を殺す描写があります。出血を連想させるシーンがあります。刺激は全然強くないですが、苦手な方はご注意を。
スリングは鉄の玉を打ち出す。弓矢の鏃のように尖っている訳ではないので、当然刺したり切ったりの攻撃は出来ない。遠距離からの打撃系武器、と言ったカテゴリだろうか。
狩りをしていてわかった事は、動物の毛皮はけっこう防御力が高いという事だ。熊のように肉が厚く毛の硬い動物を相手にしたら、たぶん大したダメージを与える事は出来ないだろう。
大切なのは狙う場所だ。どんな動物でも目と鼻には毛が生えていない。あとは眉間。眉間はどんな動物も急所だ。ここを集中的に狙う。多少外れても、頭に当たれば脳震とうを起こしてフラフラになる。その間に逃げるなり、とどめを刺すなりすれば良い。
俺とハルは命中率を上げる事、連射速度を上げる事を目標にしてきた。
こんなにもスリングの事ばかり考えてしまうのは、今現在戦闘中だからだろうか。俺は集中したり、追い詰められたりすればする程、色々な事を考えてしまう。無我の境地は程遠いな。
夕焼けがはじまっても野営の場所が見つからず、仕方なしに道の端に馬車を寄せた時だった。狼の遠吠えが遠く近くで聞こえたかと思うと、行く手を遮るように大きな灰色狼が数頭、姿を現した。
馬車はそう簡単にUターン出来ない。わかってやっているとしたら、頭の良い生き物だ。
さらに遠吠えが吠え交わされ、やがて馬車はすっかり狼の群れに囲まれてしまった。日が沈み、暮れはじめた辺りに低く威嚇の声が響く。
ロレンとガンザが弓を持ち、幌の上に登る。俺たちの馬車の御者をしていたアンガーが、クーを毛布で包んで背負う。ハルが心配そうにアンガーの名前を呼ぶと、
「大丈夫、俺が絶対にクーを守る」と言って、ひらりと馬車を飛び降りて行った。ハザンが「ヒロトとハルも幌から応戦してくれ。狼は幌の上には届かない」と言って走って行く。
俺はハザンが俺と、ましてやハルを戦力として数えた事に少し驚いた。信頼してくれているのか、それともそれだけ事態が逼迫しているのか。どちらにしてもやるしかない。今ならまだ外は明るさが残っている。闇に沈んでしまえば、夜目の効かない俺たちには為す術がない。
俺とハルはスリングと、持てるだけの玉を腰ベルトの物入れに入れ、素早く幌に登った。近接戦闘の出来るハザン、トプル、ヤーモ、アンガーは馬を守って戦っている。馬車の側面を壁につけていたので、完全に囲まれていないのは好材料だろう。
「ハル、遠くのやつから狙え!」
「うん! 頭だよね?」
ロレンとガンザの矢の数を考えると、無駄打ちは出来ないだろう。手数ならスリングは弓矢に負けはしない。
狼の狩りは波状攻撃だ。決して致命傷を狙わず、入れ替わり立ち替わり襲いかかり少しずつ体力を奪う。
俺とハルはゴーグルを装着し、草むらや木の陰で様子を伺っているやつを片っ端から打った。
倒れる個体は少なかったが「キャウン」と鳴き逃げて行くやつらは結構いた。ハルも落ち着いて丁寧に狙いをつけている。
その間にも遠吠えの声が響く。まだ集まって来るのか? 既に30頭前後は相手にしている。
ハザンは数歩前に出ていて、狼を誘うように立ち、隙と見て跳び掛かってくるやつを危なげなく倒して行く。
トプル、アンガー、ヤーモはそれぞれ馬を守っていて、やはり跳び掛かってくるやつに対処する。同時攻撃を仕掛けてくるやつには、ロレンとガンザが弓矢を放つ。俺とハルは遠巻きにしている奴らを追い払う。
そんな奇妙な均衡が破れた。




