玉ねぎと狼
この世界には、ゴリラ、チンパンジー、オラウータンなどの大型・中型の霊長類の人はいない。俺とハルの耳を見て、ハザンが驚いていたのはそのためだろう。
リスザルやキツネザルなどの、耳に毛が生えていて尻尾が長い「猿の人」はいるらしい。
それはつまり、猿から霊長類、そして「猿の人」への進化は、この世界では起きなかったという事ではないだろうか。
同じように言うと、例えば狐から「狐の人」へと進化する過程で、ある程度人間に近いと思われる狐種の動物もいない。
ミッシングリンクにしては大き過ぎる。
この世界の動物と多種多様な「獣の人」は、全く関わり合いのない生物なのではないだろうか。
まるで、違う星の生き物を一緒の箱庭に入れてしまったみたいだ。
そんな事を考え込んでいたら、うっかり玉ねぎのみじん切りを鍋に山盛り作ってしまった。もちろん俺はゴーグルを装着しているので平気だが、鼻が敏感な獣の人たちには刺激が強過ぎたらしい。
ハザンは離れたところから
「なんだ! やる気か!」と言いながらも更にどんどん離れて行くし、ロレンは涙目でタオルを鼻に当て
「ヒロト、話し合いましょう」とか言っている。
特に嗅覚の鋭いヤーモは、鼻を押さえてうずくまったまま動かない。大丈夫だろうか。
今日はウサギ肉のハンバーグを作ろうと思っていたのだが、それだけでは余るな。腸詰め入りの玉ねぎスープ、まだ余るな。タルタルソースでも作るか? とりあえず熱を通さない分は水で晒しておく。そのうち刺激臭も収まるだろう。
ちなみにこの世界の犬系の人は、玉ねぎを食べても中毒にはならないらしい。
あの後、ハザンへのカミングアウトがひと通り済んで、この際だからと獣の姿を見せてくれるよう頼んでみた。ハザンは、割とあっさりと了承してくれた。
そしてなぜか服を脱ぎ始めた。なんでだよ!
「脱ぐ、なぜか?」と聞くと、
「あ? だってどうせ見せるんだろ?」と言った。
やはりこの世界の人にとって、獣の姿を見せる事は肌を晒す事と同意らしい。俺はさゆりさんになんて事を頼んでしまったんだ。
まあそれはさて置き、ハザンはとりあえず服を着ろ! そしてあっちの物陰で獣の姿になってから見せてくれ。おまえの裸は見たくない。見たいのは獣の姿だ。
木箱の山の向こうから、白と黒の毛の混じる大きな狼がのそりと顔を出した。毛色や、黒で縁取りされた白い耳、金色の瞳は確かにハザンのものだ。
ハルが「ハザン! カッコイイ! すごい!」と、目をキラキラさせて言う。
狼ハザンの口元が少し緩んで見えるのは、気のせいだろうか。
確かに自転車程もある立派な体躯といい、豊かな毛並みといい、雄々(おお)しくそして美しい。ハルでなくとも見惚れるくらいだ。
「話せるのか?」と聞くと、首を横に振る。
「言ってる事、わかるか?」コクリと頷く。
ハルが「触る、いい?」と聞くと、またコクリと頷く。
ハルは恐る恐る、狼ハザンの首のあたりを触る。手触りを確かめ、顔を近づけ匂いを嗅ぐ。
「うん! ハザンだ」
おまえも犬みたいだな、ハル!
ーーーーーーーーーーーーーー
今日のメニュー
朝 干物、おにぎり、ピクルス
昼 アボカドと大葉のパスタ、キノコのスープ
夜 ウサギ肉のタルタルハンバーグ、玉ねぎと腸詰めのスープ、玉ねぎとニンニク入り薄いパン、ピクルス




