風が吹く
宴会の次の日の朝は、荷物の積み下ろしからはじまった。ロレンが書類を手に、族長らしきじーさんと話している。約束していた品の他に、お互いの手持ちを見せ合い交渉しているらしい。チョマ族の工芸品や細工物が、青空市のように並べられている。
俺はチョマ族のテントが欲しかったが、ちょっと手が出ない値段だった。持って帰るには大き過ぎるしな。
チョマ族のテントは、蛇腹のような畳める壁と、折り畳み傘に似た構造の屋根を組み合わせて立てられる。それにフエルトの壁を掛け、さらに毛織物を重ねる。天井に煙突を取り付けて完成だ。
丸みを帯びたカラフルなテントが、見る間にポコポコと立ち並んでいく様は、眼を見張るものがあった。こっそりスマホで動画を撮影した。
俺は何枚かの毛織物と、小さな可愛いフエルトの箱をいくつか買った。チョマ族の女性と値段交渉をするのも楽しかった。
チョマ族の人たちは時折、ぱぁーっと尾羽を開く。どうやら気分が高揚したり、嬉しかったりすると開いてしまうらしい。昨夜の宴会で踊っている時も、開いたり閉じたりしていた。
仏頂面をしてロレンと交渉している族長の、尾羽が開いてしまうのを見た時は、
バレちゃうから! 閉じて閉じて! 族長!
と、ロレンを目隠ししてあげたくなった。なんとも可愛らしい人たちだ。ロレンは足元を見るような商売をする人じゃない気はするが。
馬車に荷物を積み終わり、そろそろ出発という時、ラッカ(マンドリンに似た楽器)を譲ってくれた男が走ってきた。
俺に予備だと弦を渡し、
「おまえに良い風が吹きますように」と言った。
この世界の別れの挨拶なのだが、グッと来た。
俺は急いで物入れから、予備のスリングを取り出す。玉もひと掴み小袋に入れる。
簡単に使い方を説明し、男に渡す。
「狩りに使える」
男は興味深かそうにスリングを弄っていたが、顔を上げてありがとう、と笑った。
馬車が走り出し、ハザンが「ヒロト! 置いてくぞ!」と呼んだ。
俺は「おまえにも、良い風が吹きますように!」と言って、馬車に飛び乗った。
ハルと並んで、放牧地が見えなくなるまで手を振った。
「おとーさんも、あげちゃったんだね。ぼくも、友だちになった子に予備のスリングあげちゃった。アープって名前の子だよ」
もう会えないかなぁ、とハルが言った。俺は、きっとまた会えるさと答えた。
アープが身体に良いと、お礼にくれたカゴいっぱいの木の実は、口に入れると震えがくるくらい酸っぱかった。




