ハナの受難
小石を踏みしめるジャリ、という音が焚火を取り囲むように近づいて来る。
マズイな、囲まれている。
焚火から火のついた大きめの枝を取り出し投げる。ガルガルという低いうなり声を発して、黒いシルエットが後ずさる。
ハルがハッとして目を覚まし、ロケット花火付きラケットを握りしめ、俺の横に並んで立つ。
「ハル、下がれ。ラケット寄越せ」
「いやだ! オレもたたかう!」
初『オレ』キター!!
さっきまで『ぼく』とか『ハルくん』とか自分の事言ってたのに。緊迫したこの状況で、悶えさせないでくれ、お父さん力抜けちゃうから。
でも男の子って良いな! 産んどいて良かったよ。あ、俺が産んだんじゃなかった!
「ヨシ、んじゃハル、あっちの方向へロケット花火放て。地面に激突しないくらいの高さ。あんまり上過ぎても威嚇にならないから、犬の鼻先にブチかますイメージでな!」
俺はハルの漢気に敬意を表し、内心を隠して説明しながら導火線に火を点ける。
時間差を少しつけて、俺も自分の持つ花火ラケットの導火線に火を点ける。1本のラケットにつき、三本のロケット花火を括り付けてある。
ヒューーー、パン!パパン!
小気味良い音と共に「ギャウン!」という鳴き声が聞こえた。
俺のラケットから放たれた花火も、反対側に発射される。
ヒューーー、パン!パパン!
花火の破裂音と共に、大きな黒い固まりが暗闇から飛び出してくる。
「ハル、ラケット離すなよ!」
俺は言いながら一歩前に出て、飛びかかって来た犬の頭に向かって思い切りラケットを振り下ろす。
「キャイン!」という悲鳴と同時にハナが火の点いたように泣き出す。ハナは受難だな。泣かせてばかりですまん。
反対側から飛びかかってくる犬の腹に、ラケットを横なぎに叩き込む。
「ハル、リュックから花火出せ!」
俺は残ったロケット花火に全部火を点けて持ち、暗闇に向けて打ち出した。
パン!パパン!
パパパン!
いくつかの犬の悲鳴と、走り去る足音が聞こえる。あたりからハナの泣き声以外の音が聞こえなくなり、詰まっていた息を吐く。風に火薬の臭いが流れてゆく。
泣き続けるハナを宥めながら、ラケットを握り構えたまま固まっているハルを呼ぶ。
ハルはヨロヨロと歩いて来て、俺の背中にしがみつくと、
「ぼ、ぼくこわくて‥‥こ、こわかったよー」
と、声を殺すように泣いた。
あ、ぼくに戻ってるのな。
「バーカ、当たり前だ。お父さんだって、めっちゃ怖かったぞ」
いやー俺たちけっこう頑張ったよな!